悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「人聞きが悪いな。僕はただ、面倒事が終わるまでの間だけ先生にちょっと眠っていてもらおうと思ったんだ。目が覚めたとき、きっと君の可愛い教え子たちは試験に失敗して嘆いているだろうけれど、僕はそんな生徒たちを前にして呆然とする君を心から慰めてあげようと思ったのにね」
「そんなマッチポンプなことをされても嬉しくない!」
「まっ……?」
「とにかく、私を解放してください。早く……学校に戻らないと!」

 あたりは暗いのでここがどこなのかは分からないが、少なくとも学校の敷地内ではないだろうというのは予想が付いた。かすかに壁や床板が見えるが、校内にはこんなボロボロな造りの部屋や小屋はなかった。

 フェルディナントはすっと笑みを消すと、手を伸ばしてきた。もがこうとしたが、足は縛られており手にもまだ力が入らないので、へたっとするだけだった。

 ひんやりとしたフェルディナントの指先が顎に触れて、思わず悲鳴を上げそうになる。

「……補講クラスの、担任。君がもっと無欲で自分のことだけに精一杯になる弱い女性だったら、僕ももっと優しくしてあげられたんだよ。それなのに無謀なことばかりしていく、君が悪い」
「……何のことですか」
「散々注意しただろう? この学校には、補講クラス撤廃についてよく思わない人がいるって。……まあ、僕のことなんだけどね」

 フェルディナントの言葉に、一瞬ディアナの胸が冷えた。
 だが。

(……そういう、ことだったのね……)

 悲しいことに、「犯人はフェルディナント」という情報であらゆる事件の問題が解決できてしまった。

「……あなたは、補講クラスを撤廃しかねない私が邪魔で……妨害をしてきたの?」
「ああ、そうだよ。冬の試験でエルヴィン・シュナイトが遅刻するように手配したのも、新年祭で彼の偽物を仕立てたのも、校長との約束を生徒たちにばらしたのも、今回生徒たちを脅したのも……全部、僕だよ」
「脅した……!?」
「あ、そこが気になるんだね。君らしい。あの六人は、君に全幅の信頼を置いている。校長との交換条件さえばらしてしまえば、信頼が揺らぐと思ったのに……そうはならないどころか、他の教師陣まで味方に付けてしまった。でもね、子どもの心……しかもあの六人のように不安定な立場にいる人間なんて、簡単に動揺するんだよ」

 フェルディナントのもう片方の手が、つうっとディアナの右腕の素肌を撫でた。右だけロンググローブが外されていることに、今気づいた。

「ルッツ・ライトマイヤーとエーリカ・ブラウアーの部屋の前に、君の私物を置いておいた。血にまみれていたから……きっと今頃、君のことが心配で心配でたまらなくなっているだろうね」
「っ……! なんてことを……!」

 ルッツと、エーリカ。
 補講クラスの中でも特に繊細な二人はきっと、ディアナの血まみれの私物を見て動揺して――試験どころではなくなってしまう。

 この動揺が他の四人にも伝われば、さらに悪いことになる。リュディガーやエルヴィンは大丈夫かもしれないが、ツェツィーリエやレーネは体調を崩すかもしれない。

 そうすれば、不合格者が一人でも出れば。
 全員を二年生に上がらせるという誓い、そして――補講クラス再考が叶えられなくなる。
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