悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……アルノルト先生。私……聖属性魔法が役立たずだなんて、思ったことありませんよ」

 ディアナの声に、後ろから体を羽交い締めしてくるフェルディナントの腕がぴくっと揺れた。

「私の氷魔法はそれこそ、人を傷つけることしかできない。でも聖属性は、傷ついた人を癒やせる。そんな力を持ち、生徒たちに惜しみなく使ってあげるあなたは……とてもいい先生でした」
「……君は、何も知らないから言えるんだ。貴族の……強くあるべき存在の者が、聖属性なんかを持って生まれたって何の役にも立たないなんて、知らないから」

 フェルディナントの声は強気だが、少し震えている。

 アルノルト公爵家の縁者として生まれた彼が、戦闘では役に立たない聖属性を持って生まれた。
 それは……彼にとって、恥でしかなかったのだ。
 周りの者に恥だと言われたから、彼もそう思い込んでしまったのだ。

「君は分からないだろう! 役立たず、外れくじだと言われ続けた子どもの気持ちなんて! 男爵家でぬくぬくと育ち、氷属性の安定した魔力を持つ君には! 落ちこぼれになるまいとスートニエで死ぬ気で勉強してやっと地位を手に入れられた、僕の気持ちなんて!」
「……だったら、あなたこそ補講クラスの生徒たちを大切にするべきだった。役立たずと言われてしまうクラスは……あってはならないと、気づいてほしかった」

 ディアナは、顔を上げた。
 そして魔法剣を手にしたまま難しい顔をするエルヴィンに、微笑みかける。

「シュナイト君だって、癒やしの力を求めて修行したのです。……聖属性魔法も、かけがえのない素敵な力。それを求める人や、あなたの魔力で助かった人も、たくさんいるんです」
「……。……どうして」
「……」
「……どうして、そういうことをもっと早く言ってくれなかったのかな」

 フェルディナントの声が、震えている。
 まるで、二十数歳の彼の中で年齢一桁の彼が泣いているかのように。

「君がもっと早く、そう言ってくれていれば……僕は、こうはならなかったのかもしれないのに」
「アルノルト先生……」
「……イステル先生、僕は――」
「ちょっと、失礼しますね」
「えっ?」

 一応一言断ってから、ディアナは右足を振り子のように大きく前に振り――思いっきり、フェルディナントのすねを蹴り飛ばした。

(中学生対象の出前講座で警察官が教えてくれた、女性にでもできる護身術! 練習しておいてよかった!)
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