悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「ぐっ……!?」
「先生!?」

 拘束が緩んだ隙に両腕を挙げてしゃがみ、するっと抜け出す。
 いきなり座ったり立ったりしたので貧血時のようにくらっとしたが、すぐさま駆けつけてきたエルヴィンがディアナの体を掬い上げるように抱き寄せ、背後に庇ってくれた。

「先生、大丈夫ですか!?」
「ええ! シュナイト君も……来てくれて本当に、ありがとう」
「あんたのためですから」

 エルヴィンの背中はそう言うと、剣先をフェルディナントに向けた。

「……闇魔法は近接だと相手の魔力を奪うけれど、遠距離攻撃になると波動になる。そうなると、他属性の魔法で対処することができる。……教師であるあなたなら、知っていることですよね?」

 まさに、冬のグループ試験で変異種の攻撃を受けたリュディガーのときがそれだ。
 闇の波動はいわゆる物理攻撃になるので、気をつけていれば属性魔法で壁を作ったり吹き飛ばしたりできるのだ。

 人質もいなくなったフェルディナントは闇の色に染まった自分の魔法剣を見下ろすと、ふっとため息を吐き出した。

「……そう、か。僕の、負けなんだね」
「ああ。……そろそろリュディガーたちも来るはずです。俺とイステル先生が見聞きした情報を確かに、皆にも伝えます」
「……そうか」

 もうフェルディナントは抵抗する気もないようだ。
 彼が魔法剣を下ろすと、そこにまとわりついていた闇の力もふっと消えていった。

(……あっ。この声は……ヴィンデルバンドさん?)

 森の向こうから、ツェツィーリエたちの声が聞こえてくる。
 外を見たエルヴィンが「ここだ!」と皆を呼んでから、フェルディナントに視線を向けた。

「……俺はなんとなく、あんたのことが嫌いでした。だから冬のグループ試験の前も、近くにいるあんたじゃなくて知り合いを訪ねたんです」
「……まあ、そういうことだろうとは思っていたよ。それで? お気楽でいられる伯爵家傍系で、しかも第一属性は風で第二属性が聖という恵まれた能力を持つ君が、僕に説教でも?」
「……。……あんたのことは、嫌いです。なんかイステル先生に近いし、態度も気に食わないし、人を食ったような物言いも嫌いでした」
「言ってくれるねぇ」
「でも。……あんたが負傷した俺たちに掛けてくれた回復魔法には、何度も助けられました。それに、怪我を治した生徒に見せるあんたの優しい眼差しは――偽物じゃないと、俺は思っています」

 フェルディナントが、はっとして顔を上げた。

 だがエルヴィンは一つ鼻を鳴らすと、ディアナに聖属性魔法を掛けてから肩を抱き寄せて、きびすを返した。

「シュナイト君……」
「……別に、あいつのことをフォローするつもりはないです。でも、俺が正直に思っていることは言っておきたいと思ったので」
「……ええ、分かっていますよ」

 ディアナは、体を支えてくれるエルヴィンに微笑みかけた。

「……ありがとう、シュナイト君」
「……あんたのためですから」

 そう言うエルヴィンの声は、少しだけ震えているようだった。
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