悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 そして慌ただしく試験は終わり、答案返却日がやって来た。

 落第点と言われる赤点を二教科以上取れば退学処分、という厳しい条件だったが――補講クラスの六人は、そわそわと教室で待っていたディアナのもとに笑顔で駆けつけてきた。

 六枚の「進級試験合格通知」を手にして。

「……先生」
「やりました! わたくしたち、全員合格ですのよ!」
「よ、よかった……! 僕も、落第点は取らなかったのです!」
「あたしはやっぱり、基礎教養では落第点だったけど……後は大丈夫だったの。先生のおかげよ」
「試験の間にお腹が空いたときはどうしようかと思ったけど、ちゃんとできました!」
「よかったな、先生。これで全員進級だけじゃなくて、おまえも正式採用だもんな」
「ええ! ……皆、本当によく頑張りました」

 六枚の通知にはそれぞれ、流れるような書体で各生徒たちの名前が記されている。

 ――第一学年における学習課程を修了し、第二学年へ進級することを許可する。の文言と共に。

(よかった……本当に、よかった……!)

「これも全て、みなさんの努力のたまものです。本当に……おめでとう」
「まあ! 今くらいは先生もご自分の努力を称えてもいいのでは?」
「そうそう。先生がいつも面倒を見てくれたから、オレたちは全員進級できたんだからな」
「僕も、最後まで逃げずに頑張れたのは、先生が助言してくれたからです」
「補食のこともなかったら、私、途中でお腹が空いて倒れていたかもしれないし……」
「あたしなんてきっと、二教科以上落第点を取っていたわ」

 生徒たちがしみじみと言い、エルヴィンも頷いた。

「……俺も、あのとき先生が諦めずに俺を探してくれたから、こうして進級できるようになりました。……本当に、ありがとうございます」
「みんな……」

 ディアナを囲む面々はもう、補講クラスに入れられて複雑そうな顔をしていた十月とは違う、希望に満ちた眼差しをしていた。

 ――つい、じわっと目尻が熱くなってしまい、慌ててハンカチで目元を押さえた。

「ご、ごめんなさい。つい、感動してしまって……」
「おー、初めて見るかもな、先生の涙!」
「リュディガー! 淑女の涙を見て喜ぶなんて、本当に品がありません!」
「えー、おまえだって嬉しいだろ? オレたちの頑張りで先生を泣かしたってことなんだから」
「そ、それは……そういうふうに無理矢理解釈を曲げようとするところ、本当に理解できないわ!」

 また、いつも通り喧嘩が始まってしまったようだ。
 だが、こうして皆がわちゃわちゃとできる教室が存在することが――ディアナは本当に、嬉しかった。

「……あ、そうだ。皆が合格したら、お祝いに食事にでも行かないかと考えていたのです」
「へえ、食事!」
「おいしいものが食べられるかしら?」
「オレとしては、先生の手料理でもいいんだけどなぁ」
「……え、ええと。さすがに七人分の食事を作らせるのは、先生に申し訳ないと思うなぁ……」
「あ、それもそうだな、悪い」
「……あなた、ルッツに言われたら素直になりますのね」
「そりゃ、おまえみたいにガーガー言わないからな」
「このっ……!」

 また喧嘩が始まりそうだったので、ディアナはパンパンと手を叩いた。

「はいはい、そういうことで! せっかくだから今度、レストランを予約をしておこうと思います! 管理職の許可も下りていますし、もちろん私のおごりです……が、まあ、最高級ランクはちょっと勘弁してもらえたら……」
「何をおっしゃいますの! 先生と一緒にご飯を食べられるだけで、わたくしたちは嬉しいのですよ!」

 ツェツィーリエが身を乗り出して言うと、レーネとエーリカもうんうん頷いた。

「一度は、先生と一緒にご飯を食べたいなぁ、って思ってたんです。でも、先生は先生用の食堂で、私たちは生徒用のだから、難しいよねぇ、って」
「でも、外で食べるなら大丈夫よね! 先生、あたし、食後のデザートがおいしそうなところに行きたいわ」
「分かりました。皆の希望を取って、よさそうなお店を抑えておきますね!」

 ディアナが言うと、生徒たちは早速「肉だろ肉!」「粗野な雰囲気のお店は嫌です!」「静かな場所がいいなぁ」と意見を出し合っていた。
< 117 / 128 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop