悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 地球と同じ暦を持つこの世界では、十月の半ばから後期課程が始まる。

 だが日本の学校と違ってわざわざ始業式や終業式のようなものは存在せず、新任教師としてディアナが全校生徒に紹介される機会はなかった。教室に行ってお互い初顔合わせ、ということになるようだ。

 ディアナは補講クラスの担任になるが、日本の小中高校における担任の先生とは少し役割が違う。
 この世界も地球と同じで一週間は平日五日、休日二日の七日間。スートニエでは一日に一時間授業が四コマあり、それに加えて朝と夕方の四十五分間は自習時間となっている。

 補講クラスの生徒は基本的には他の生徒と同じように授業を受けるが、この半分自由時間のような自習時間が補講時間になり、必ず教室に来てディアナと一緒に勉強する。他の生徒よりも勉強時間を増やして、進級試験に挑めるようにするということのようだ。

 ディアナはその朝と夕方の補講時間の他、生徒たちが魔法実技の授業に行く際には同行するし、他にも適宜彼らの授業風景を見に行くようにと言われている。
 ディアナは広く浅く彼らを指導しなければならないので、専門科目以外でも彼らの様子を見ておいた方がいい、とフェルディナントから教えてもらっていた。

 講師であるディアナは校長から、「試用期間の半年は、補講クラスの生徒どもの進級だけに専念しろ」と言われているため、他の生徒の授業を持つことはない。そこまでさせられたらさすがにキャパオーバーになりそうなので、これだけは校長の命令に感謝した。

(できる限りの準備はしたわ……)

 初授業の日の朝、ディアナはきっちりと身だしなみを整えた。

 スートニエ魔法学校には、生徒にも教師にも制服がある。生徒の制服は日本の高校生のものを西洋風にアレンジしたもので、男子はスラックスとジャケット、女子は膝下丈のスカートと男子と同じデザインのジャケット。
 日本製ソシャゲらしさがありつつ西洋風の衣装も取り込んだ華やかなデザインを、ディアナは結構気に入っていた。

 一方教師の方は、男性も女性もファンタジーゲームに出てくる魔法使いのような衣装が制服として与えられていた。男性は裾の長いローブで、女性はノースリーブのロングドレスだ。

 ロングドレスは艶のある紫色で、左腰付近から入った深いスリットの隙間から下に穿いた白いロングスカートが見えている。
 二の腕にはロンググローブを着用しているので案外見える肌面積は狭いが、ドレスの胸から腰にかけてはなかなかタイトなので、セクシーなシルエットになる。

(……今世の私は前世よりはスタイルがいいけれど、それでも他の先生たちよりは貧相ね……)

 同僚の女性たちは皆、男子生徒なら目のやり場に困りそうな蠱惑的なスタイルを持っていた。彼女らに比べてディアナがやや貧相なのは、自分がゲームの悪役だからだろうか。
 だが、元々不健康で最後には病気で骨と皮のような体になっていた前世よりはずっと、魅力的なボディだと思う。

 艶のある栗色の髪は後頭部でくくり活動しやすいようにして、ゲームのディアナほどではないにしろ大人の女性のたしなみとして化粧もする。腰にベルトを着けて剣を提げたら、準備完了。

 鏡に映る自分の姿を確認してから、教材の入った鞄を背負った。

(……そういえば、前世の私も初めて教室に行くとき、すっごく緊張していたっけ)

 新任教師だったため一年目は副担任になり、二年目で担任を任された。あのときも緊張しながら教室に向かったものだ。

(まずは、笑顔、笑顔ね。六人の生徒たちと、良好な関係を築きたいし……)

 教室棟の廊下ですれ違う他のクラスの生徒たちは、ディアナの方をちらっと見るだけだった。
 フェルディナント曰く「教員の入れ替えは珍しくない」ということなので、新顔が来てもいちいち気に留めたりしないのだろう。

 他の生徒たちが自習教室や図書館、訓練場などへ向かう中、ディアナが向かう先は校舎棟一階の隅にある一年生補講クラス。
 前期試験で成績不良だったり素行に問題があったりする生徒たちが集められる部屋。

(……行こう!)

 深呼吸をして、ドアを開く。ちょうど、始業の鐘が鳴った。
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