悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 ツェツィーリエはもじもじしていたが、最後の方は消え入るようになり隣の席のエーリカの肩に顔を埋めてしまった。

「……あ、それいいな。仕方ないとはいえいっつも名字呼びだから、ちょっと寂しいなぁーって思ってたんだ」
「そ、そうだね。先生は僕たちとあんまり年も変わらないし……名前で呼んでくれたら、嬉しいかも」
「普段から、というのは難しいと思うけど、私も今くらいは呼んでほしいなぁ」
「あたしも! 先生にエーリカって呼んでほしいって思ってたのよ!」
「……そうだな。今くらいは」

 他の五人も乗り気になられたら、もう引けない。

(それに……私も一度、皆を名前で呼びたかった)

 先生と生徒という関係が嫌なわけではない。
 だが……たまにはただの「ディアナ」として、四つ年下なだけの教え子たちの近くに行きたいと思っていた。

 妙に、胸がドキドキする。
 もしかすると、十月に初めて補講クラスの教室に入ったとき以上に、緊張しているかもしれない。

「それじゃあ、今だけは。……ツェツィーリエさん」
「よ、呼び捨ての愛称で!」
「分かったわ、ツェリ」
「先生……!」

 ツェツィーリエが顔を真っ赤にしてはにかんだ。

 ディアナは生徒一人一人の名前をゆっくり、思いを込めて呼ぶ。

「エーリカ、レーネ、ルッツ」
「ふふふ」
「はいっ!」
「は、はい……!」
「リュディガー」
「あ、オレのことも愛称のリュドで」
「あら、あなたの愛称ってそういうのだったのですね。知らなかったわ」
「そりゃ、おまえたちには特に聞かれていないし。ってことで先生、オレのことはリュドでよろしく!」

 ぱちっとウインクを飛ばされたので、ディアナは微笑んだ。

「ええ、リュド」
「……っくー! いいねぇ、こういうの! すっげぇクる!」
「変態……」
「変態だわ……」
「破廉恥です」
「うっせぇなおまえら」
「……エルヴィン」

 最後に名前を呼ぶと、エルヴィンは少し考えた後に片手を挙げた。

「俺のことも、愛称で呼んでほしい」
「おい、おまえも秘蔵の愛称を披露するのか!」
「あんた、さっきからうるさい。……先生、俺のことはエルって呼んで」

 薄茶色の目元をほんのりと赤く染めて言われたので、ディアナはゆっくり頷いた。

「ええ、エル」
「っ……ありがとう」
「あらあら、顔が真っ赤じゃないの、エル」
「照れているんだな、エル」
「あんたたちは呼ぶな……」

 エルヴィンはかすれた声を上げ、隣の席のリュディガーに背中を叩かれていた。
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