悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「イステル先生」

 入学式に参加する二人を見送ったディアナの背後に、男子生徒の声が掛かった。
 振り返った先にいたのは、エルヴィン。

 さらさらの髪はいつも少しだけ癖があるが、今日はセットを頑張ったのか普段よりはおとなしくなっている。
 相変わらず少し眠そうな目をしているが、ディアナを見る目は真っ直ぐだ。

「おはようございます、シュナイト君。今日から新学期ですね」
「ええ。……こうしてあんたと一緒に二年生に上がれて、本当によかったです」
「ふふ、そうですね」

 そう言ってからふと、ディアナは思う。

(きっと……ゲームでのエルヴィン・シュナイトは、進級できずに退学処分になったのよね)

 ゲームのディアナと今のディアナでどれくらいの差があるのかは、分からない。
 だが、ゲームに出てくるディアナがあれほどまでねじ曲がった性格をしていたのは……昨年度に受け持った補講クラスでいろいろ起きたからではないか、と思っている。

(もしかしたら、未練をたくさん抱えてしまったディアナが、願ったのかもしれないわ)

 もう一度人生をやり直せるのなら、六人全員を進級させてやりたい……と。

 そう思いながらエルヴィンの顔をじっと見ていたからか、彼は照れたようにふいっと視線を逸らした。

「……そうやって、あんまりじっと見ないでください」
「あ、そうですよね。ごめんなさい、ぶしつけに」
「……ぶしつけじゃないし、嫌だとも思ってません。ただ……そうやって見られると、いろいろ我が儘を言いたくなるっていうか」
「我が儘……?」
「……あんたにもっと、エルって呼んでほしいって」

 ぼそぼそとエルヴィンが言うので、ついディアナは噴き出してしまった。

「そういうことですか。……もう今は学校なので、あなたのことは愛称では呼べませんよ」
「です、よね」
「でも……そうですね。来年の春にあなたたちが卒業したら、もう私たちの関係は教師と生徒ではなくなります。そうなったら同じ大人として、あなたのこともエルと呼ばせてくださいね」

 そう、来年になったら。

 皆で卒業祝いパーティーをしたいし、その場ではワインも飲みたい。
 卒業した後は線を引く必要もないから、ツェツィーリエたちと町へ遊びに行ったり一緒に買い物したりしたい。

 そういう思いで言うと、なぜかエルヴィンはとても驚いた顔になり、そして小さくうめきながらうつむいてしまった。

「……。卒業したら……ですか」
「ええ」
「……分かった。俺、さ。卒業したらあんたに言いたいことがある」
「……それは、今は言えないことですか?」
「うん」

 こっくりと頷くエルヴィン。
 彼はディアナの頭上に手を伸ばして――そこに付いていたらしい桜の花びらを摘まんで、ぎこちなく微笑んだ。

「多分、あんたをすっごく驚かせると思う。でも、あんたが笑いながら俺の話を聞いてくれるように……俺、これからの一年も頑張る。あんたにずっとエルって呼んでもらえるような男に――」
「……おーっ! 桜の木の下に立つ先生って、儚げですっげぇ素敵ですねー!」

 目の前にいたエルヴィンが横から飛ばされ、代わりに現れたのはリュディガー。
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