悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「俺の母方の叔父であるハイゼンベルク伯爵には、息子がいます。俺の一つ年下の従弟ですね。当然、伯爵家の跡取りはその従弟なんですが……どうにも叔父は、息子より甥の俺の方を気に入っているようで、過度の期待をしてくるんです」
「……そういうこともあるのですかね」
「なんか、従弟より俺の方が能力が高いらしくて、俺の方が跡取りとして優秀なんじゃないかとか言い出してるんです。本当に迷惑です」

 そう言うエルヴィンは、遠い目をしている。

(確かにそれは迷惑だし、それに……)

「……従弟の方もきっと、不安に思いますよね」
「はは。あんた、わざわざ柔らかい表現をしてくれてるんですね、どうも。……従弟は不安に思うどころか、俺のことをむちゃくちゃ憎んでますよ」

(やっぱり……)

 そんなことだろうとは思っていたが、エルヴィンが苦労するのも納得だ。

 エルヴィンは苦笑して、細くて長い指で紅茶のカップの縁を突いた。

「昔は結構仲がよかったし、俺も従弟のことは今でも嫌いじゃないんです。でも、従弟の怒りももっともです。そして、あいつが来年にここに入学するとなると、あいつにとっての目の上のたんこぶな俺はさっさと消えるべきなんですよ。自主退学ではなくて学校から退学処分を言い渡されたのなら、叔父にもどうしようもない。晴れて俺は自由の身、ってことです」
「……だから、授業に来ないのですね」
「そう。……ああ、勘違いしないでくださいよ。こういう事情があるから俺は行かないんであって、あんたとかクラスのやつらが嫌いってわけじゃないんです。むしろ、俺みたいなやる気なしがいるだけでクラスの負担になるだけだから、行かない方がいいだろうって思って」
「私はそうは思いませんよ」
「そうは思わないとしたら、それはあんたが担任だからですよ。……それに」

 そこでふとエルヴィンは右手を挙げた。彼の長い人差し指が立てられ、そこからふわりと爽やかな風があふれる。彼の魔法が発動したようだ。

(シュナイト君の魔法属性は、風――)

 若草のような香りを孕む風が吹き、二人とティーテーブルを優しく包み込んだ。これまでほぼ全欠の彼だが実力は十分であることがよく分かる、見事な風の魔法だった。

「……これで、音漏れはしないはず。あのさ、先生。あんた、校長たちから言われているんですよね?」
「……え?」

 爽やかな風の魔法にうっとりとしていたディアナは、目の覚めた気持ちでエルヴィンを凝視した。
< 32 / 128 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop