悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 エルヴィンはいつもは眠そうに半分まぶたが閉じている目を、真っ直ぐディアナに向けていた。
 薄茶色の目が、真意を問おうとしているかのようにディアナを射貫く。

「一年補講クラス六人のうち、三人以上を進級させられたら正式採用してもらえる。……そうですよね?」
「……」
「沈黙を肯定と受け取ります。……なんというか、あの校長の考えそうなことではありますね。二年前に父親の跡を継いだあの校長になってからは、補講クラスの担任は新任がするようになったって噂もありますし。……ああ、だからって皆に広めたりはしませんよ。こんなの皆が知っても、面倒なことになるだけですし」

 エルヴィンは、妙にすっきりしたような口調で言っている。

(この言い方からして、鎌を掛けようとしているんじゃなくて、本当に事実を知っている……?)

 ぞくっとした肌をさすりながら、ディアナは静かに問う。

「……誰から聞いたのですか?」
「校長と副校長の話の立ち聞き。あんたに昼寝場所を見つけられてから、俺、いろんなところをうろうろしていたんですよ。一度校長室の近くで寝ていたら、会話が聞こえてきて。……校長は『まあ無理だろうな』って笑ってましたけど」

 本人たちの会話を聞いたのなら、ディアナからは文句を言えない。エルヴィンだって、好きで聞いたわけではないだろう。

「……私を軽蔑する?」
「なんで? あんたは命令を受けた側だし、こうして茶会の場をもうけて俺たちの話を聞こうとしています。そういう努力をしているんだから、俺はあんたを軽蔑するつもりはないですよ。まあ、ただ――」

 残っていた紅茶を飲み干し、エルヴィンは少しけだるげに微笑んだ。

「俺の事情も分かってくれたでしょうし、俺が進級することはないんです。だから、もうこれ以上俺のことは気にしないでください」
「……」
「六人中三人よりも、五人中三人の方が命中率が高い。……俺のことは最初から捨てた方が、あんたのためにもリュディガーたちのためにもなるんです」
「でも、そんな……最初から捨てるようなことはできないわ」

 思わず丁寧語を忘れてしまったが、エルヴィンは穏やかな表情のまま首を横に振った。

「あんたって、優しいんですね。でも、優しいだけじゃなくて甘いところもある。あんた、非情になりきれないんでしょう? 効率非効率よりも、情を優先させてしまうんでしょうね」
「……自覚はあるわ」
「ですよね。……でも、このままだと共倒れになりかねない。手広くやりすぎたら、六人中三人どころか、一人も通らないことになるかもしれない。……だから、これは俺からのお願いでもあるんです」
「……。……もし、でいいから、少しでも興味が湧いたら授業を見に来てほしいわ」

 悩んだ末に告げると、エルヴィンは目を丸くした後に、ふっと笑った。

「……本当にあんた、甘いな」
「ええ、本当に。……でも、これだけは言わせて。あなたも含めた六人全員が、私の教え子だと思っているわ」
「……。分かりましたよ」

 エルヴィンは短く言うと席を立ち、「ご馳走になりました」と告げてきびすを返した。
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