悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「いけないね、イステル先生。恋人でもない男から差し出されたものをほいほいと受け取るなんて、不用心だよ」
「……え?」

 ゆっくりと顔を上げると、いたずらっ子のような微笑みを浮かべて小首をかしげるフェルディナントが。
 その微笑みはそのまま、ゲームのスチルになりそうなくらい美々しい。

「これでもし、カップの中にとんでもないものでも入れられていたら、どうするんだ?」
「…………げ、下剤とかですか!?」
「……。こういう迫り方をして下剤発言をされたの、初めてだな」
「あ、それじゃあ昆虫とか!?」
「……。……うん、君は君のままでいいと思うよ」

 フェルディナントは少々引きつった笑みを浮かべつつも、「いたずらしてごめんね」と手を離してくれた。

「変なものは何も入れていないから、安心して。……まあ、こういうちょっと迂闊なところが生徒たちにもウケるのかもしれないからね」
「はぁ。……あ、これ、おいしいです」
「だろう? 僕、紅茶を淹れるのが得意でね。実家でも――」
「……おや? 指導教師と仲よくお喋りとは、余裕のあるものだな?」

 フェルディナントの声に被せるように聞こえてきたのは、嫌みったらしい男の声。

(なんで、わざわざここに……)

 渋々振り返った先にいたのは予想通り、いつもなら校長室にこもっている校長だった。彼の背後には、いつも通り渋い顔の副校長の姿も。

 校長は腕を組み、ふん、と鼻を鳴らした。

「最近、一年補講クラスでは奇抜な指導を行っているようだから、見に来たのだが……ただ異性の教師に色目を使っているだけではないか」
「いえ、アルノルト先生に対して使えるだけの色気がないので、それはないです」

 思わず、素で突っ込んでしまった。
 校長の目が丸くなり、彼の背後にいた副校長がうなだれている。そして周りでこのやり取りを見守っていた教師たちからも、ふふっと軽い笑いが湧いた。

 この反応が不快だったのか、校長は唇をひん曲げると苛立ったように腕組みを解いた。

「……口では何とでも言える。それより、あの掃きだめどもはどうなった? 進級の見込みはあるのか?」
「……あの子たちは、頑張っています。ですので、皆のことはきちんとクラス名で――」
「はぁ? 連中が出来損ないなのは事実だろうが? これから社会に出る際に我が校の恥になるような者の芽は、早めに摘んでしかるべきではないか」
「……違う!」
「何?」
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