悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……先生?」

 廊下の壁に寄り掛かっていると、背後から青年の声が聞こえてきた。
 授業時間中の今、廊下でディアナに話しかける青年は一人しかいない。

「シュナイト君……」
「体調悪そうですね。……医務室に行かれますか?」

 振り返った先にいたエルヴィンは、細い眉を心配そうに寄せてディアナを見てきていた。

(落ち込んでいるところを生徒に見られて、心配されるなんて……)

 しかも相手は、エルヴィンだ。彼も自分が授業をサボっていることにはいろいろ思うことがあるようだし、疲れている姿は見せたくなかった。

 ディアナは腕から落ちそうになっていた教材を抱え直し、エルヴィンに笑顔を向けた。

「いいえ、大丈夫ですよ。これから部屋に戻って授業の準備をしようかと」
「……でも、泣きそうな顔をしてますよ」

 そうですか、とあっさり頷いて去ると思いきや、エルヴィンは痛いところを突いてきた。彼が見てもはっきり分かるほど、今の自分はくたびれきっていたのだろうか。

「……そんなことは、ないです」
「あるでしょう。……部屋まで戻るのなら、俺が荷物を持ちます」
「嬉しいけれど私としては、この時間にきちんと授業に参加してほしい気持ちの方が強いですね……」
「……その話もしたいので、ご一緒してもいいですか」

 エルヴィンにここまで言われると、ディアナは頷かざるを得なかった。

 荷物を彼に渡すと、ディアナでは両腕いっぱいになったそれはエルヴィンの左腕だけで十分収まり、おまけに「ふらついてもすぐに支えますから、安心して歩いてください」とまで言われてしまった。

 十七歳と二十一歳といえど、青年の成長は著しい。彼と並ぶと、ディアナの目線の位置にはエルヴィンの胸元があった。リュディガーほどではないが彼もそこそこ身長があるようだ。

「……あんたが一生懸命授業をしてくれていること、聞いてます」
「ベイル君からですか?」

 ディアナが尋ねると、エルヴィンは少し苦々しげな顔になりつつも頷いた。

「……あいつ、入学してすぐの頃から何かと俺の方に来ていたんです。あいつなりに心配してくれてるんだろうとは思ってましたけど、俺のせいであいつの足まで引っ張るのは嫌だから、突っぱねました。……あいつが事件を起こしたのは、あいつとあまり顔を合わせなくなってからのことでしたね」
「……」
「ああ、夏の事件についてはなんとなく、察しています。あいつは今も補講クラスの皆の面倒をよく見ているみたいですし、正義感も強い。……きっと何かの間違いだったんだろうとは思っていますが、聞いてもはぐらかされるだけでしたね」

 ということは、リュディガーがディアナに事件の真相について教えてくれたというのは……彼なりにディアナを認め、頼ってくれているからなのだと思えばいいのだろうか。
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