悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……ごめんなさい、シュナイト君」
「どうしてあんたが謝るんですか?」
「私は……結局は、保身のために動いていただけです。私があなたにするべきなのはあなたの気持ちを無視してでも教室に連れて行くことではなくて、あなたのやりたいようにさせてあげることなのに……」
「違うよ、先生」

 返ってきたのは、思いのほか優しい声。
 おずおずと顔を上げると、視線の先にいたエルヴィンは穏やかな表情をディアナに向けていた。

「俺はツェツィーリエにも言われるように、ただの怠惰なサボり魔だったんです。叔父や従弟の件も……逃げる以外の方法もあった。それなのに、自分が楽な方に逃げていた。それに……あんたは三人進級させればいいという話を聞いてからは、それをサボる口実にしていた」

 エルヴィンの言葉は、穏やかだ。
 静かに、せんせんと流れる小川のように緩やかで、それでいて確固とした意思も持っている。

「俺は俺の意思で、進級したいと思った。あんたやリュディガーたちと一緒に学んで、試験を受けて、二年生になりたい。その上で従弟のことも考えたいし、あんたの力になりたいとも思ったんです」
「私の力に……?」
「……だから、無理矢理な計画だとは分かっていても聖魔法を教わりに行ったんです。これまで散々あんたやクラスのやつらの足を引っ張ってきたんだから、ここでくらい……皆の役に立ちたいと思って」

 言い切ってから恥ずかしくなってきたのか、エルヴィンは口を閉ざすとうつむいてしまった。

「明日、皆にもきちんと言いますが……遅れて、本当にすみませんでした。本当なら予定通りに帰れたんですけど、馬車が動かなかったり地面が陥没していたりってトラブルが続いて」
「いいえ、あなたの気持ちはよく分かりました。皆もあなたが来ないことに……まあ、怒ってはいましたが同時に、とても心配していたのですから」
「……はい。これからは、気をつけます」
「ええ、そうしてくださいね」

 ディアナが笑顔で言うと、エルヴィンも顔を上げて遠慮がちに微笑んだ。リュディガーのような豪快な笑いではなくて、慎ましささえ感じられる微笑だった。

「……あ、そうそう。俺が校長たちの話を立ち聞きした件は、皆には言わない方がいいでしょう」
「……そうですね。全員進級を目標にするのはともかく、六人中三人以上の方は……言ってもいいことにはなりませんよね」
「俺もそう思います。……この秘密は、誰にも言いません。偶然知り得てしまったことだけど……あんたを困らせたりしたくないから」
「ありがとうございます。……秘密の共有、ですね」

 ディアナが少し明るく言うと、二人を包む防音風魔法を解除していたエルヴィンはなぜか、驚いたように目を丸くした。

「……秘密の、共有……」
「ええ。……生徒であるあなたにこんなことをお願いするのは心苦しいですが、ひとまずは全員進級の目標を達成するまでは、私たちだけの秘密でお願いしますね」
「……。……そこまで言われなくても、分かってるし」

 ぷいっとそっぽを向いてしまったが、その赤金色の髪の隙間から見える耳は、ほんのりと赤かった。
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