悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「これ、アルノルト先生が内緒でくれた高級チーズです。中に粒胡椒が入っていて、かなり高価らしいのですよ。私への差し入れとのことだそうですが一番の功労者はベイル君ですし、味見を――」
「……んくっ」
「えっ?」
「ん、なんでもない。もらうよ」

 いきなり笑い出したのでどうしたのかと思ったが、リュディガーはわざわざディアナの手首を掴んでから指先に摘まんだチーズをくわえた。
 チーズ一つ食べるのにもいちいち色っぽい仕草をする男である。

「あ、これうめぇ。さっすが貴族出身のアルノルト先生、いいもん持ってんだな」
「おいしいですか? じゃあ私も」

 リュディガーに手首を離してもらい、ころんとしたチーズを一つ口に放り込む。

(ん、んんー! 確かにこれは、おいしい! ブラックペッパーチーズなんて、転生してからは食べたことがなかった……!)

 前世でまだ元気だった頃、高校時代の友人と一緒に居酒屋でチューハイを飲みながら摘まんだチーズもこんな味だった。

 これはまた、自室でこっそり食べたい味だ。
 ディアナがこそこそとチーズの袋を食料庫に戻すと、リュディガーがくすくすと笑っていた。

「……まさか、あーんしてもらえるなんてなぁ。オレが一番ほしかったものじゃないけど、まあこれもいいかな」
「あら、違いましたか? でもまさかキスとかではあるまいし、他に何があるんですか?」

 ――言いながらディアナは彼に背を向けてミルクをピッチャーに移していたので、このときのリュディガーがどんな表情をしていたのか、知らなかった。

 だが彼はからっと笑い、席を立ったようだ。

「はは、内緒内緒。……じゃ、また大活躍したときの楽しみにしておくぜ」
「了解です。でもそのときはヒントだけじゃなくてちゃんとほしいものを言ってくれないと、私もまた間違えてしまいますからね」
「分かってるって。……じゃ、そろそろ寝るわ。先生も、ゆっくり休めよ」
「ええ、おやすみなさい」

 振り返ると、リュディガーがひらひら手を振りながら食堂を出て行っていた。彼はクラスの誰よりも体力があるようだが、そんなリュディガーでも今日の戦闘は堪えただろう。

(皆、ゆっくりおやすみ)

 明日からまた、元気に活動するために。
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