悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……あ、もう四階ですね」
「そうだね。見たところ、生徒の姿もない……かな」
「ですね。……本当に、恋に盛り上がるのはいいけれど時と場所は考えてほしいですね」

 ディアナがぼやくと、ふとフェルディナントが足を止めたのが分かった。

「……アルノルト先生、どうかしましたか?」
「……イステル先生は、分かっているよね。今この状況が、どういうものなのか」

 カンテラを手にしたフェルディナントは微笑むと、コツ、と靴を鳴らしてディアナに詰め寄ってきた。
 リュディガーほどではないが彼もかなりの長身で、カンテラの明かりに照らされる優しく整った顔が、じっとディアナを見下ろしていた。

「本校では、生徒同士が恋に盛り上がりすぎるのは禁止されている。……つまり?」
「……。……生徒と教師だと、もっと大問題になるってことですか?」
「それはそうだけど、今言いたいのはそうじゃない。そうじゃなくて……」

 フェルディナントの腕がすっと伸びて、ディアナの背中に回り――

「……大人同士なら、こういうことをしても誰も文句は言えない、ってことだよ」

 ――彼の胸元に、抱き寄せられた。

 フェルディナントにいきなり抱きしめられたディアナは、無言で混乱していた。

(ん? ……んんん? これは、何、今、何を……?)

 目の前には、フェルディナントの防寒着の胸元が。
 カンテラを片手に持つ彼は、思いのほかがっしりとした片腕でディアナを抱き寄せていた。

 二人でくっつくと温かいから……なんてボケるつもりはない。
 だとしたらフェルディナントは、ディアナに好意を持っていてこういう所作を――

(……いや、ないわね)

 相手は、ゲームの恋愛攻略対象。こちらは、途中退場モブ。
 彼に好かれる要素なんて、これっぽっちも思いつかない。

(だとしたらこれは、からかわれていると……。……うん、それしかない)

 年上の男性にいきなり抱き寄せられてつい顔がかっと熱くなったが、それもすぐに冷めていった。
 勘違いをして痛いキャラになるのだけは御免だ。

「アルノルト先生、こういうのはさすがによろしくないと思います」
「どうして? 君は僕にこうされるのが、たまらなく嫌?」
「嫌というか……」

 言葉を探していたディアナは、ふと耳を澄ませた。

(……今、何か声が……?)
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