悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……イス――」
「静かに」

 ディアナはするっとフェルディナントの腕から抜け出すと彼からカンテラを受け取り、足音を忍ばせて歩き出した。
 四階廊下には教室のドアが並んでいるが、それらにそっと近づく。

(鍵が掛かっていれば、鍵穴の向きで分かる……)

 中腰になり、カンテラを目の高さに持ち上げてじっと鍵穴を見て回る。フェルディナントもだいたいのことを察したのか、黙ってついてきてくれた。

 この階の教室は、昨日から施錠済みだ。鍵自体は生徒が職員室で借りようと思えば借りられるが――

(……この部屋、鍵が開いている!?)

 一つだけ、鍵穴の向きが違う教室があった。
 急いで耳をドアに押しつけるとそこは――校舎棟は省エネされているはずなのにほんのり温かくて、しかも中からくぐもった声が聞こえてきた。

「……だ。本当に……だよ」
「嬉しい……ねぇ、私のこと、本当に好きなの?」
「……だ」

 男と、女の声。
 男の方は声量を抑えているようでほとんど聞き取れないが、女の方ははしゃいでいるのか興奮しているのか、かなりはっきり声が聞こえる。

(こ、これは突撃案件だ……!)

 人の恋愛シーンを盗み聞きする趣味はないが、つい胸がドキドキしてきた。

 フェルディナントも同じようにドアに耳を押し当てて、ため息をついた。そして、ディアナを見ると親指を廊下の方に向けた。「君は職員室に連絡してくれ」ということだろう。

(こういうのは、アルノルト先生の方が慣れてそうよね……)

 そう思いディアナがドアから離れようとした――直後。

「……好き! 私も好きよ……エルヴィン!」

(は?)

 ディアナは、動きを止めた。
 フェルディナントもぎょっとした様子で、こちらを見てくる。

 本年度のスートニエ魔法学校に、エルヴィンという名の生徒は一人しかいない。

 ディアナは黙ってカンテラを床に置き、腰から提げていた魔法剣を鞘から抜いた。
 フェルディナントが慌てた様子で手を伸ばしてくるが――

「……生徒指導ーっ!」

 ドアを蹴り開けると同時に、一気に剣に氷の力を込める。
 ぱっと青白い光が舞い、剣の先端から放たれた吹雪が部屋にあふれた。

 長机に座って何やらやっていたらしい男女がぎょっとこちらを見るが、そのときには既にディアナの氷魔法が二人の足下に迫り、パキン、と音を立てて机ごと凍り付いた。

「きゃあっ!?」
「だ、誰だおまえ!?」

 膝から下を凍り付けにされた二人が、叫んでいる。
 手加減をしているので見た目ほど冷たくはないが、頑丈な氷の枷に縛られてじたばたするしかない。

 剣を構えたまま、ディアナは呆然と――

「……あなたこそ、誰?」

 見知らぬ男子生徒を見ていた。
< 80 / 128 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop