悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「さ、さむ……凍えそう……」
「おかえりなさい。さあ、ストーブのところに行って。ブランケットも持ってきますね」
「すみません……」

 鼻の先まで真っ赤になったエルヴィンは、まるで小さな子どものようだ。

 この後他の生徒たちも来るだろうからとディアナがブランケットを多めに持って教室に戻ると、ストーブの前でエルヴィンが丸くなっていた。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。……はぁ、生き返る」
「外は寒いですね。今日は雪は降っていないようですが、余計に冷え込んでいるような気もします」

 今は、二月の初め。
 日本と同じくこの国も二月が最も寒くて、体調を崩して医務室に来る生徒も多いのだとフェルディナントが言っていた。

「今日の授業は、どうでしたか?」
「俺、今ほどリュディガーの魔法がありがたいと思ったことはありません。あいつと試合したんですが、ずっと温かかったんです」
「あはは……確かに、剣で打ち合うなら火属性の相手だと嬉しいですね」

 逆に、氷属性のレーネは「凍えさせてやります!」とノリノリで冬の授業を行っている。
 魔法属性の影響なのか、火属性は夏の暑さに強くて氷属性は冬の寒さに強いという体質的特徴がある。ディアナも、この時季は確かに寒いとは思うがツェツィーリエやエーリカほど着ぶくれしなくても平気だった。

「……あっ、もしかしたら氷属性の私がいると、寒くなってしまうかもしれませんね」
「そんなわけないだろ。あんたが氷の魔法が使えるってだけで、あんたの体温は普通でしょう」
「どうでしょうかね……まあとにかく、私がいてもストーブのぬくもりが減りますし、皆が戻るまでは独り占めを――」
「待って」

 ブランケットを置いて立ち上がろうとしたら、腕を掴まれた。

 ディアナの右腕を掴んだエルヴィンは、なぜかとても驚いた顔をしていた。
 いきなり腕を掴んできたのはそちらなのに、自分の行動に驚いているかのような……そんな表情だ。

「……どうかしましたか?」
「……。……もっと、ここにいればいい」

 エルヴィンは目線を逸らしてつぶやくと、くいっとディアナの腕を引っ張った。

「あんた、腕も細いし体も小さい。いつも俺たちのためにあれこれやってくれているけど……あんただって、若い女だし。女性は、冷えたら体によくないって聞いてます」
「そ、そうね。でも、私はずっとこの暖かい部屋にいたのだから……」
「……俺が」
「えっ?」

 エルヴィンはそれまでは視線を逸らしていたが、今は薄茶色の目がじっとディアナを見ていた。
 彼の頬と耳元はほんのりと赤く、きゅっと唇を引き結んで何かを訴えかけるかのようにディアナの目を見つめている。

「シュナイト君……?」
「お、俺が、先生に隣に座っ――」
「っあー、寒い寒い! おいエルヴィン、おまえさっさと帰りやがって――」

 バン、とドアが開き、リュディガーの声がする。
 振り向くと、ドアのところに立ったリュディガーが目を丸くしてディアナたちの方を見ていた。彼の背後にツェツィーリエたちの姿も見えるので、皆も遅れて帰ってきたようだ。「みんな、おかえりなさい。……ほら、ストーブ前が温かいですよ。ブランケットも出しています」
「わあ、ありがとう、先生!」
「部屋、温かーい!」
「ううう……凍えて死ぬかと思った……」
「全く、そんなのではやっていけませんよ、ルッツ」

 生徒たちがぞろぞろと入ってきたので、一気に部屋の気温も下がった。急いで皆に場所を譲ってストーブの火力も強め、ディアナは教卓に戻った。

 ストーブ前では、生徒たちが身を寄せ合っている。どうやらストーブの熱風がよく当たる場所と当たりにくい場所があるようで、「エルヴィンは一足先にぬくもっていたでしょう! わたくしたちに譲りなさい!」「そうだよ、譲ってよ」「まだ寒い」「私たちの方が寒いんだけど!」といつものような賑やかな声が聞こえてくる。

(授業は、皆が温もってからでいいかな)

 ディアナは微笑みながらも――先ほどエルヴィンが見せてきた真剣な眼差しが不思議と、頭の中にずっと残っているのが気になっていた。
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