悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 二月も半ばを過ぎると、寒さもピークが終わる。
 それでもまだ防寒着を着なければ外を出歩くのがおっくうになる季節、ディアナは足取りも軽く補講クラスに向かっていた。

(いい教材をもらえた! これなら、エーリカさんも練習ができるはず!)

 フェルディナントが、過去に補講クラスを担任した教師が残していた資料を見つけてくれた。
 その年は一年補講クラス生徒五人のうち、実家の都合でどうしても受験できなかった一人を除いた四人が進級できたという。

(エーリカさんは中世史の国王の名前が覚えられないって言っていたけれど……こんな素敵な語呂合わせがあるなんて!)

 いつもムスッとしている第五代ムスタファー王、のようなしょうもないダジャレではあるがこれが案外馬鹿にできない。
 エーリカは文字よりも絵や図式で覚える方が得意らしいので、ムスッとしたおじさんの顔さえ思い出せたら王の名前も覚えられるだろう。

 その他にも使えそうな教材をたくさんもらえてほくほくのディアナは、廊下の角を曲がり――補講クラスの教室の前に立つエルヴィンの姿を見つけた。

 まさか出迎えてくれたのだろうか、と思っていると彼はディアナを見て、つかつかと早足で寄ってきた。
 だが、その顔にはいつもの穏やかな表情は欠片も残っていなくて、ディアナの胸に嫌な予感が芽生える。

「先生、来たんですね」
「ええ、アルノルト先生との用事が終わったので。……あの、シュナイト君。何かあったのですか……?」

 もし教室内で喧嘩が発生したのならレーネあたりが呼びに来そうだし、別の問題ならリーダー格のリュディガーが来てくれそうなものなのだが。

 エルヴィンは、「荷物、持ちますよ」と不安でそわそわするディアナから荷物を受け取り、難しい眼差しをクラスのドアの方に向けた。

「……面倒なことが起きました」
「喧嘩……ではないのですか?」
「今回渦中にいるのは、あんたの方です」

 エルヴィンは言うと、「バレました」と低く言った。

「あんたが俺たちのうち三人以上を進級させたら、正式採用してもらえるって話。それを、あいつらが知ってるんです」
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