悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……。……な、なん……で……?」

 エルヴィンが荷物を持ってくれて、助かった。
 さもないと、力の抜けた腕から石版やら資料やらが落ちてしまっていただろう。

 体中の血液が凍り、みぞおちのあたりに重くて冷たいものが生じたかのような感覚。
 かつて――前世で働いていた頃に保護者対応を誤ってしまったときも、同じような感覚になったことがある。

(なんで、バレて……!?)

 校長から出された条件については、絶対に生徒には言わないことになっていた。
 もちろん校長の会話を聞いてしまったエルヴィンは例外だし、彼も絶対に内緒にすると約束してくれているので疑うつもりもない。

 ショックと驚きで震えるディアナに、エルヴィンは辛そうな表情を向けた。

「……どういうルートでバレたのかは、分かりません。もちろん俺じゃないし、俺がさっき教室に来たときには既に、皆がその噂をしていたんです」
「……」
「待って。……あんたはまだ、行かない方がいい」

 エルヴィンの脇を通り抜けて教室に行こうとしたら、彼に止められた。

「エーリカが、すごくショックを受けているんです。それと、ルッツも。進級について悩んでいるのはあの二人で……先生の昇進のためなら自分たちは切り捨てられてもいいんだ、と思っているようで」
「そんなことない!」

 思わず声を上げていた。

 確かに、もしルッツとエーリカが進級試験で落ちたとしても、後の四人が合格すればディアナは正式採用してもらえる。
 六人全員ではないので補講クラスを撤廃することはできないが……言ってしまえば、「ディアナ個人」のためならそこまでする必要はないのだ。

 そして元々自分の成績に悩んでいたエーリカや、臆病ゆえ試験で全力が出せないかもしれないルッツなどは、マイナス方面に考えてしまう。

 ――いざとなればディアナは、自分たちを切り捨てるのだろう。
 もし切り捨ててもディアナにとって何の不利益もないのだから、と。

(違う――!)

「私、そんなこと思っていない! 私は、みんなを進級させたい……!」
「分かってます! でも今は……あっ」

 補講クラスのドアがバンッと開かれ、ふわふわの髪の少女が飛び出してきた。
 いつも穏やかな笑顔で皆を見守っていることの多いエーリカははっとした様子でディアナを見ると、真っ赤になった目元をこすった。

「ブラウアーさん……」
「先生……あたし、あたし……ごめんなさい……!」
「ま、待って!」
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