悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 きびすを返して駆け出してしまったが、すぐに教室からツェツィーリエが出てきた。
 彼女はディアナを見ると少し困った顔になったが、ついっと顎を横に向けた。

「エーリカはわたくしたちが追います。先生は、教室にいてくださいな!」
「……分かりました。すみません、ヴィンデルバンドさん!」

 ツェツィーリエに言うと、続いてレーネも出てきて二人でエーリカの後を追っていった。

(申し訳ないし悔しいけれど、今私がブラウアーさんを追っても彼女を傷つけるだけ……)

 苦い唾を呑み込んだところで、教室からリュディガーが出てきた。彼はディアナを見ると、いつも陽気に微笑むことの多い顔をゆがめた。

「……ルッツは、過呼吸になりかけている。今は教室の隅で一人で落ち着かせている」
「……ありがとうございます、ベイル君」
「……先生。あの噂……本当なのか?」

 リュディガーの声には、隠しきれない棘が含まれていた。
 クラスメート五人を率いる立場にある彼にとって、ディアナの採用の話は――聞き入れがたいものだっただろう。

 思わずリュディガーから逃げそうになってしまったが、ディアナの背中にとんっと別の人の胸が当たった。

「大丈夫です。……落ち着いて話しましょう、先生」
「シュナイト君……」
「その態度……まさかエルヴィンおまえ、知っていたのか!?」
「ああ、知っていた。……知ってしまっていた」

 ディアナの背中を支えるエルヴィンははっきりと言い、ディアナの隣に並んだ。

「昼寝をしていて偶然、校長と副校長の会話が聞こえてきたんだ。……先生、事情を」
「は、はい。……ベイル君。あの噂は……本当です」

 もうここまでになったら、生徒たちを騙すことはできない。
「そんなことはありません」と言っても……信じてもらえないどころか生徒たちとの関係を確実に砕いてしまうと、分かっていた。

 ディアナの返事にリュディガーはさっと気色ばんだが、彼はちらっとエルヴィンの方を見ると少しだけ殺気を収めて、癖のある髪をがしがしと掻きむしった。

「……じゃあ、おまえは落ちこぼれを見捨てるつもりなのか? 自分の昇格のためなら、進級が難しい生徒は放置するのか?」
「しません! 私は……校長からそのような条件を提示されたのは事実ですが、六人全員の進級を願っています!」

 どういう形で噂が広まったのかは分からないが、ディアナはエーリカやルッツを見捨てるつもりは一切ない。今日だって、暗記が苦手なエーリカでも頑張れそうな教材をかき集めてきたのだ。

「私は、あなたたち全員に望むような未来を掴んでほしい。できなかったところが一つでも多く、できるようになってもらいたい。みんなで進級して……みんなで卒業してほしい……!」
「……。……でも、もしオレたちの中で少々不合格者が出ても、先生にとって不都合にはならないんだろう?」
「なります。……私は一生自分の不出来を恨み、後悔し続けます」

 六人全員進級なんで無理だと、思っていた。
 だが、ここまでくると自分の正式採用とかクビとかなんて二の次だった。

 新人教師のディアナについてきてくれる、六人の教え子たち。
 その全員を、二年生に送り出したい。
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