悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 リュディガーはなおもきつい眼差しを浮かべていたが、つとそれをエルヴィンに向けた。

「……おまえが急に授業を受けるようになったのも先生に近づくようになったのも、あの噂を聞いたからなのか」
「……まあ、そんなところだ」

 実際にエルヴィンがやる気を出したきっかけは「六人全員進級で補講クラスについて再考」の方だろうが、彼はゆっくりと頷いた。

「俺は最初、先生を突っぱねた。六人中三人以上の理論なら、俺を最初から計算から外した方が効率がいいだろう、って言った。……でも、先生は諦めなかった」
「……」
「だから俺は、俺の生き方を考え直すことにした。校長との約束が先生にとっても重荷になっているのも分かったから、手伝おうという気になった」
「……」

 エルヴィンの言葉に、リュディガーは頬を打たれたような顔になった。
 いつも皆のリーダーとして毅然と余裕たっぷりに振る舞っていた彼が、幼い子どものようにあどけない表情になっている。

「重荷……。……そう、だよな。先生、おまえはこっちが心配になるくらい真っ直ぐだから……そんな条件を出されたら、重荷にしかならないよな」
「ベイル君……」
「……エルヴィン、おまえ、ルッツの様子を見てくれねぇか」
「……やだね。今のあんたと先生を二人きりにしたら、先生が泣くかもしれないだろ」
「泣かせねぇよ。……いいからとっとと中に入れ」

 リュディガーに言われるが、エルヴィンはなおも迷っているようだ。だがディアナがそっと背中を押すと、渋々ながら教室に入っていった。

 廊下には、ディアナとリュディガーだけが残される。
 彼の眼差しは、まだきつい。

(……怒られても、仕方ないわよね)

 そう思いぐっと唇を噛みしめるが、やがて彼の唇から吐き出されたのは罵声ではなくて、疲れたようなため息だった。

「……はぁ。本当におまえ、弱っちいよな」
「……すみません、弱くて……」
「謝れって言ってんじゃねぇよ。……オレこそ、悪かった」
「ベイル君……?」
「分かってたよ。おまえがどれほどオレたちのことを気に懸けているかなんて」

 ここ数ヶ月の間に伸びてきた前髪を引っ張りながら、リュディガーは言う。

「もしそんな条件を出されていたとしても、おまえがオレたちに向ける眼差しは偽りじゃないはずだって、分かっていた。でも……泣くエーリカやルッツを見ていたら、我慢できなかった。おまえが悪いわけじゃないのに……すまない」
「……いいえ、謝らないでください。誰よりも仲間想いなあなたが怒るのは、当然のことですから」

 リュディガーは、優しい。
 その優しさが……時に彼自身を苦しめてしまうくらい。
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