悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 今日の補講はまともに行えなかったので、ディアナは早めに皆を解散させてゆっくり体と心を休めるよう言った。

 職員室に行く前に医務室に立ち寄ったのだが、やはりエーリカは顔を見せてくれなかった。
 だが応対してくれたフェルディナントは、「だいぶ顔色はよくなったから、もうすぐ部屋に帰すつもり」と言った。

「それにしても……あの噂が流されたのは、まずいね」

 医務室の前でフェルディナントが言ったので、ディアナは頷いた。

「……噂を知っているのは教員だけなので、やはりアルノルト先生が以前おっしゃった、補講クラス撤廃を阻止したがる人が流したのでしょうか……」
「僕はそう思っている。……今回は君たちの信頼関係で乗り越えられたけれど、下手すれば全てがバラバラになっているところだった」

 ――学級崩壊。
 その言葉が頭をよぎり、ディアナはぞっとした。

 六人のリーダーであるリュディガーがディアナに敵意をぶつけてきた時点で、下手すれば補講クラスは崩壊していた。
 エルヴィンがフォローしてくれなかったりディアナが答えをはぐらかしたりしていれば……きっとリュディガーは、ディアナを見限っただろう。

「先生はこれから、校長のところに行くんだろう?」
「……ええ、事情説明を」
「そうか。……僕も一緒に行きたいけれど、ブラウアーさんを一人にするわけにはいかないから……ごめんね」
「いえ、滅相もありません」

 むしろ、クラスのことに巻き込んでしまって申し訳ないくらいだ。

 そうしてディアナはフェルディナントにエーリカのことを頼み、断頭台に上がるような気持ちで単身校長室に行ったのだが――

(……意外。もっとひどく言われると思っていたわ)

 校長との面会を終えて部屋を出たディアナは、長い息を吐き出した。
 校長室にいる間はどこかにふよふよと浮かんでいた魂が今、ようやく自分の体の中に戻ってきた気分だ。

 校長もだいたいのことは聞いていたようで入室時から険しい顔をしていたが、どちらかというと「なぜあの条件がばらされたんだ」という点でお怒りだった。

(確かに、生徒の進級人数を教員の採用判断の材料にするというのは、管理職としてはあまり知られたくないことよね……)

 校長はワンマンで横暴な日和見男で、自分の利益になることには敏感でかつ、自分の不利益になるような状況をひどく嫌う――というのは職員室でも話題になっている。

 校長はディアナに、これ以上噂が広まるのは阻止すること、そしてもし他の生徒などに尋ねられた場合は「副校長に聞いてください」と言うことを指示した。
 副校長はとても嫌そうな顔をしていたが、ディアナが頭を下げると「こういうのが管理職の仕事ですからね」と言ってくれた。

(噂を流したのは、校長ではない。それじゃあ……誰?)

 まさか、エルヴィンではないだろう。
 こんな噂を流しても、進級する気になっている彼からすると利点はない。そもそも彼は面倒事が嫌いらしいので、クラスの和を乱すようなネタをぶち込むとは思えない。

(それじゃあ一体……)
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