悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
「……失礼、イステル先生」

 考え事をしながら歩いていたら、複数の教師に呼び止められた。皆、普段から補講クラスの生徒たちの授業も担当してくれている教師たちだ。

「先ほど先生は、校長室で話をされたようだが」
「はい。……私の正式採用についての噂が流れていることについて、報告を」
「そのようだな、ご苦労だった」

 魔法応用の教師が言い、基礎教養で歴史を教えている高齢の教師が視線を横にずらした。

「今医務室で、エーリカ・ブラウアーが休んでいるということだったな」
「はい。……その、今は私とは顔を合わせない方がよいので」
「ああ、そうだろう」
「だがそれでは、今後の指導に影響が生じるだろう」

 魔法理論の教師も頷き、「そういえば」と自分が抱えていた本の表紙を軽く叩いた。

「エーリカ・ブラウアーは座学において少々点数が不安定だな」
「うむ、歴史も苦手だと言っていた」
「算術も苦手だそうだな」

 口々に教師たちが言うのを、ディアナは黙って聞いていた。だが、そろそろ胃のあたりがキリキリと痛くなってくる。
 ただでさえ現在はメンタルがやられているのに、同僚たちに囲まれながら生徒の成績について語られるというこの状況は、精神衛生上よくない。

「だが現在、エーリカ・ブラウアーはイステル先生と個人授業を行えそうにない」
「ということは、イステル先生以外の教師が面倒を見るべきだろう」
「……おお、そういえば私は明日の放課後、時間が空いているのだった」
「そうそう、私も訓練場が空いているので、魔法応用学に不安のある生徒対象に補習をしようかと思っていたのだった」
「確か明後日は、特別な予定もない。五人……いや、六人の生徒くらいなら、算術を教えられなくもないな……」

 ディアナは、目を瞬かせて教師たちの話を聞いていた。
 彼らは「そういえば」と言いながら、自分の予定の空いている時間を告げている。

(これって……まさか、でも……)

「……あ、あの。実は、私も魔法実技以外は専門ではないので、教えにくいところもあり……」
「当たり前だろう。講師になって半年足らずの若造が全ての科目を教えられるはずもない」
「こういうときには、その道の熟練に頼るのが得策だと思うが?」
「ああ、そういえば女性教師陣も、お茶を飲みながら生徒の自習監督をしたりするとのことですな」
「女子生徒なら、近くに女性教員がいれば安心だろう。さて、声を掛けるべきか否か……」

 どうしたものか、やれやれ、と言わんばかりの態度だが――もう、彼らの言動を疑う余地もない。

 ディアナは胸の奥から湧いてくる感情を抑え込み、勢いよく頭を下げた。

「……先生方! どうか、お時間のあるときで構いませんので……補講クラスの子たちの指導を、お願いできませんか……!」
「おう、やっと言えたな、イステル先生」
「……まあ我々も、校長におもねってこれまで見て見ぬふりをしていたのだから、偉そうなことは言えない。……すまなかったな」
「先生はずっと、補講クラスの生徒のために働きづめだろう。……たまには俺たちを頼ってくれよ」
「これまでは、君一人に重荷を負わせてしまった。……これから、可能な限り協力させてくれ」
「はいっ! ありがとうございます……!」

 教師たちに明るく言われ、ディアナはぐいっと目元をグローブで拭って頷いたのだった。
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