悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
(ここは、「グロスがほしいのね!」とボケ……たら、なんだか後が怖いわ……!)

 嫌な予感がするのでボケて逃げるのはやめておき、ディアナは一歩後退した。すぐに、ブーツのかかとが壁に当たる。頭の中で、救急車のサイレンのような警鐘が鳴った。

「あ、あの……この距離はよくないと思います!」
「どうして? 女を口説くなら、これくらい近づいていた方がいいだろう?」

(う、うわ、言っちゃったー!)

 ここまで迫られるとさすがに、言い逃れをするのも苦しい。

 目の前には、ゲームの人気投票で一位を獲得した男のご尊顔が。
 スチルがいちいちセクシーで見た目のわりに低い声も色っぽいため、多くのプレイヤーを恋に落とした罪深き男、リュディガー・ベイル。

 それがどういうことか、四つも年上の担任教師に色気で迫ってきていた。

(迫るなら女子生徒か、来年度入学する予定のヒロインにしてよ!)

 そんな心の叫びが届くはずもなく、リュディガーは自分の指に付いていたグロスをペロリと舌で拭った。

 思わず「ひえっ!?」と悲鳴を上げて口を手で押さえると、それを見たリュディガーはますます笑みを深くした。

「あー、いいな、その顔。真っ赤になって、慌てて……すっげぇ可愛い」
「や、やめなさい! こういうのは……そう、よくないです!」
「なんで? 清い交際なら先生と生徒が付き合うのもアリだろ?」

(た、確かにここは日本じゃないし、ゲームでもフェルディナントルートがあるくらいだし……。いやでも私にはちょっと無理!)

 慌ててリュディガーの胸元を押すが、馬術や武術でも抜群の成績を誇る青年の体はびくともしないどころか、ディアナの抵抗を面白がるようにますます身を寄せてきた。

「だめだよ、先生。本気で嫌なら、もっとちゃんと抵抗しないと」
「で、でも……」
「ほら、抵抗してみな? ……それともマジで、その唇をご褒美にくれたりするの?」

 顔を近づけたリュディガーが、ディアナの耳元でささやく。
 その声は甘くてつややかなのに、どこか捕食者のような危険な響きも孕んでいた。

(抵抗……)

 ディアナはこくんと唾を吞むと、頷いた。

「……。……分かり、ました」
「そりゃ僥倖。じゃあ、遠慮なく……」
「……リュディガー・ベイル!」
「えっ」
「生徒指導ー!」

 絶叫と共にぱっとディアナが挙げた右手から、青白い光があふれる。
 さしものリュディガーもまさかディアナがこうするとは思っていなかったようで、さっと青ざめた。

「え? あの、いや、待って……それは勘弁!」
「いいえ! あなたが言いましたからね、ちゃんと抵抗しろと!」
「それはそうだけど……あ、待って、凍ってる、オレ、凍ってるからー!」
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