悪役教師は、平和な学校生活を送りたい
 ディアナはこれから職員室に戻るそうなので、エルヴィンはその背中を見送った。
 氷属性の彼女は寒さに若干耐性があるようで、エルヴィンはまだ分厚いコートを着ているがディアナは既に薄手のロングドレス姿になっている。後頭部で結わえた髪の房がゆらゆら揺れるところから、なんとなく目が離せなかった。

 彼女が廊下の角を曲がってから、エルヴィンは足早に移動する。
 だが向かう先は宿舎棟ではなくて、教室。

「……おいコラ、リュディガー」
「うわ、なんで来るのおまえ」

 絶対にここにいると確信して、低い声と共にドアを開ける。案の定そこには、なぜか下半身がびしょ濡れのリュディガーが。

「……教室で何やってるんだ、あんた。漏らしたのか」
「んなわけねぇだろ。……先生にやられた」
「……。……あんた、先生に無理矢理迫ってお仕置きを食らったんじゃないのか?」

 エルヴィンの指摘に、リュディガーはからりと笑った。

「おっ、わりと正解。なんで分かったんだ?」
「……さっき中庭で会った先生の唇のグロスが、変に剥がれていた」
「うわおまえ、普段から先生の唇見てんの? やっぱムッツリだわ」
「無体を働こうとする変態よりはマシだろう」

 ふんと鼻を鳴らすと、リュディガーは薄い笑みを浮かべた。

「……で? 大好きな先生がオレに無理矢理キスされたと思って、怒りのあまり教室に突撃してきたってことか?」
「……。……未遂だとは、分かっていた。もし本当にやっていたら先生は、もっと慌てていただろうから」
「そうかい。じゃ、次こそはお仕置きされないようにさくっとやっちまおうかなー」
「やめろ」

 自分でも思いがけないくらい、低い声が出た。

 だがそんな怒りに満ちた声を上げることもリュディガーは想定済みだったようで、笑みを絶やすことなくエルヴィンを見てくる。

「そりゃどういうことだ? 先生の唇はオレのもんだから奪うなーってところか?」
「先生の体は、先生のものだ。あんたのものでも俺のものでもない」
「……」
「俺は、俺を掬い上げてくれた先生の力になりたいと思った。だから、もし先生が泣くようなことがあれば……俺は、先生を泣かしたやつを恨む」
「……それで、オレに対して怒りを抱いたと? ……らしくねぇな、おまえ」
「うるさい」
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