御曹司からの愛を過剰摂取したらお別れするのが辛くなります!
「……凜々子はお人好しなんだな」
 碧唯さんは呆れたように溜め息を吐きながら呟いた。
「どうしてですか?」
「好きでもない男のために尽くさなくていいんだぞ。凜々子自身も大変だろ? 当日は妻としていてさえくれれば、ケータリングでもかまわないんだから」
 私は急に現実に引き戻されたような気がした。

 そうだった、碧唯さんは私の実の夫ではない。それなのに、友人が来るからと張り切っている私は馬鹿だ。
「……考えておきます」

 碧唯さんにとって、私の手料理を振る舞うことが不愉快と思うならばやめにしたい。けれど碧唯さんはそう言わずに、私が大変だと言う。どっちつかずの回答で判別できない。
 ケータリングは便利で美味しいが、碧唯さんの妻として、それだけで済ませてしまうのは如何なものなのかと考えてしまう。

 ***

 碧唯さんの友人の方が来る当日の朝、私はいつもよりも早起きをして料理を作り始める。考え抜いた結果、私は妻としてできることはしたいと思ったので、前日から料理の仕込みを始めていた。

「凜々子、もう起きてるのか」
「すみません、起こしちゃいましたね。今、コーヒー淹れますから」
 時刻は6時半過ぎ。毎日忙しい碧唯さんには休日の朝はゆっくりとしていてほしかったのに、物音で起こしてしまったらしい。

「そんなに張り切って作らなくてもいいと言ったのに……」
「偽り妻かもしれませんが碧唯さんに尽くしてますってアピールのためですから、お気になさらず」
 碧唯さんのチクチク言葉に対して、一ヶ月も一緒に過ごした私は対応するのが上手くなってきた。彼が何と言おうと妻の役目は果たしたい、それだけのこと。

「凜々子も口が悪くなってきたな。清楚のイメージが崩れていく……」
 ソファに座っている碧唯さんに淹れたてのコーヒーを持っていくと、溜め息を吐かれた。
 私は清楚なイメージだったの?

「私って……そんなイメージなんですか?」
「純新無垢な清楚なイメージだったが、段々と俺に染まってきて性格が悪くなってきたな」
 クスクスと笑い出す碧唯さん。笑っている姿は非常にレアだけれども……腑に落ちない。

「わ、私は性格悪くありませんから……!」
 お揃いのコーヒーカップをテーブルに置いた後、プイッと背中を向ける。
「凜々子、俺のために準備してくれてありがとう」
「……!」
 背を向けていて良かった。

 不意に飛んできた言葉の破壊力がすごくて、顔が真っ赤だから。こんな顔は見られたくないもの。
 偽り妻にそんなことを言わなくても良いのに。私を惑わす言葉をかけないでほしい。
 私は聞こえないふりをして、饗しの料理は後回しにして朝食を作り始めた。
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