久遠の花~blood rose~【完】
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久々の登校は、特に体調も悪くなることなく過ぎていった。
あれから一週間経つけど、これといって何も起きていない。変わったことと言えば、もうすぐ夏休みになることぐらい。今年の夏は体の調子もいいから、海を眺めてみたいな、なんて考えていた。
「その前に、また検査しないとだけど」
「――こんにちは~」
帰り道の途中、軽快な口調で、突然目の前の少年から話しかけられた。それに驚きながらも、私は挨拶を返し、会釈(えしゃく)をして通り過ぎようとすれば、
「あれ、今度は逃げないんだね?」
と、そんな言葉をかけられ、思わず足を止めた。“今度”と言うことは、前に会ったことがあるの――?
振り返り、じっくりとその人の顔を見た。
さらさらとした茶髪に、耳が隠れるほどの長さ。八十はあろうかという高身長の持ち主で――改めて見ても、心当たりが無い顔だった。
「一週間しか経ってないのに忘れちゃった? ほら、あの時だよぉ~」
尚も親しげに話しかけられ、私は罪悪感がわいていた。
ここまで言ってるんだから、人違いじゃなさそうだし……。
でも、やっぱり思い出すことはできなくて。
「すみません。どこで会ったのか、思いだせなくて……」
悪いと思いつつ、正直に、覚えていないことを告げた。すると少年は、気を悪くする素振りもなく、笑顔で近付いてきて、
「ははっ、まだわからないんだ?――夜、オレと会ったでしょ?」
今まで聞いていた明るい音声とは違う、全く別の低い音声が耳に入った。それはとても大人びていて――私に、あの夜のことを思い出させた。
もしかして……この人。私に迫って来た男性ではないかと、そんな考えが浮かぶ。よく見れば、瞳はあの夜に見たのと同じ、淡い緑色をしていて――怪しく微笑む様子は、まさしく、あの時に見た男性だった。
「あ、大丈夫だよ。アンタを襲ったりしないから」
再び明るい口調で言うものの、目の前にいるのがあの男性――もとい、少年だとわかってしまえば、体は自然と、距離を保とうとしていた。
じりじりと後ろへ下がる私に、少年はどこかつまらなそうな表情を浮かべる。
「そ~んな警戒しないでよ。ん~どうやったら信用してくれる?」
そんなこと、逆にこっちが聞きたい。あの日のことが夢でないなら、目の前にいる人は危険だと、そのことを知っているから。
「なにかしゃべってくれないと困るんだけどなぁ~。――よし、じゃあこれからデートしよっか!」
「!?……今、デートって言いました?」
あまりにも予想外な発言に、思わず聞き返してしまった。
さすがにこの瞬間、緊張の糸がぷつりと途切れた。
「お、やっと口利いてくれた。オレがどんなヤツかわからないから怖いんでしょ? だったら、親睦を深めるってことで」
ね? と、少年は笑顔全開で言ってのけた。
間違いではない、かもだけど……それがどうしてデートに結びつくか、私には謎でしかない。
というより、私にとってはデートそのものが初めてで、どう答えていいか困り果てていた。
「そんなにオレとデートするのイヤ?」
黙りこむ私に、少年は心配そうな様子で(本気なのか怪しいけど)聞いてくる。それに私は、さすがに言葉を返した。
「嫌、と言うか……なんでこんなことになるのか、わかりません」
「だから、お互いを知るためだってば。あ、オレのことは雅(みやび)って呼んでね?」
あの日が嘘のように、少年はとても優しい態度で接してくれる。警戒しているこっちが大げさなんじゃないかって思えてくるぐらい、その態度は違っていた。無理やり引っ張りもしないし、適度な距離を保ってくれる。
「……じゃあ、ちょっとなら」
だからほんの少し、その誘いに乗ってみようかと、そんな気が起きてしまった。
「ラッキー! じゃあとりあえず、公園にでも行こうか」
途端、少年は私の手を握り、楽しそうに走り出す。
だ、ダメ! このままだとまたっ。
倒れてしまう、と頭を過り、慌てて少年に訴える。
「わ、私あまり走れっ」
「わかってる。美咲ちゃんが体弱いの、ちゃんと知ってるから」
「えっ?……なん、で」
返ってきたのは、なんとも意外な言葉だった。名前はおろか、どうして体のことまで――?意味がわからないまま、私は雅と名乗った少年に手を引かれ、ただついて行くしかできなかった。