久遠の花~blood rose~【完】
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ようやく瓦礫が崩れると、上条の目に嫌な光景が飛び込んだ。球体に飲み込まれる人物。片腕しか見えなかったが、その手は細く女性的。この場に美咲がいないことを考えれば、彼女が飲み込まれたのは確実だった。
「あははははっ――。リヒト、少しばかり遅かったようだな? 姫はもうこの中だ。ようやく、本来の姿に戻してやれる」
「っ――アナタという人はっ!」
瞳が輝く。途端、ディオスの足元に大きな穴が開いた。
「お前の力は届かぬ。カルムと人。そして命華――フィオーレが封じてきた念が蠢くこの場では、お前の力も糧にしかならぬ。まあその分、姫が戻るのが早まるだけだ」
喜ばしいことだと笑うディオスに、上条は向かおうとする。だがまたしても、その行動を蓮華は制した。
「この場から去る」
「後から行きます。アナタは早く、シエロの介抱を」
「ならん!」
威圧感のある声。
気圧され気味の上条に、蓮華は冷たい視線を向ける。
「お前では敵わぬ。冷静さを欠いた状態では尚のこと。――ほら、早く来い! そちらの者たちもだ!!」
上条の腕を無理やり引き、その場から逃げる蓮華。残っていた叶夜と青年も気圧されたのか、蓮華の指示に従いそれぞれその場から立ち去った。
「ついに――始めてしまったのですね」
茶色の執事服を着た従者である少年が、ディオスに近付く。
「喜ばしいことだろう? これで、我の願いは成就されたも同然」
怪しい笑みを浮かべるディオス。
少年も嬉しいのか。微笑みながら、ディオスの隣に立つ。
「それで――貴方は、誰を求めているのですか?」
「知れたこと。欲しいのはフィオーレ。伝承にある女を、この手にすること」
「手にしましたら、どうするおつもりですか?」
「我だけのモノにする。そして今度こそ――」
あまりに嬉しいのか、腹を抱え笑いだす。狂喜に歪む顔は、とても悪意に満ちた表情をしている。
「凝縮された呪いを、元の場所へ返す。ははっ、完全なフィオーレの完成だ! あの気高き存在。香しい血の存在を、我はついに完成させるのだ!!」
両手を広げ、球体に触れる。
愛しい眼差しを向け、頬擦りをする。
「――やはり、破滅をもたらす存在か」
カチッ、と金属音がする。それに気が付いたのか、ディオスは音の方を向く。
「ほう――どういうつもりだ?」
口元を怪しく歪め、少年に問う。
「これも、貴方との契約の内です」
にこやかに、剣を向け少年は答える。
「我に逆らうというのか?」
「いえいえ。これはそのようなものではありません。――貴方が、私に命じたことだ」
引き締まる口調。
だが表情は、未だにこやかなまま。真意の読み取れない少年に、ディオスは怪訝そうな表情を浮かべた。
「我の命だと? そんなはずはない。我はお前に――?」
動きが鈍くなる。
気配を探るも、少年が仕掛けてきた様子はない。だとしたら――。
「そう。私に命を出したのは貴方ではない」
もしやと思ったことを、少年は肯定する。
「命じたのはレフィナド。そして体の異常も、レフィナドによるものです」
「――はっ。何を馬鹿な」
認めたくない。認めてなるものか――!
その思いで、ディオスは体を動かす。だが確実に、体は自分の意思どおりになってくれない。
「あり得ぬ……お前に力などっ!」
自分の胸倉を掴み、苛立ちを露にする。
そんなディオスに、驚くことはないでしょう? と、少年は問う。
「貴方も、同じことをしてきたではないか。いつか自分と同じことをする者が現れても、なんら不思議は無い。――Exaleipsi 」
淡い光が、剣を覆う。己に刃が向かって来るというのに、体はもう、完全に自由を奪われ防げない。
「――Synvasi Exaleipsi(契約抹消)」
ディオスの胸に、剣が刺さる。骨の間をうまく抜け、するりと、背中まで綺麗に貫通した。
「これで、契約は果たされた」
引き抜くと、ディオスはうつ伏せに倒れる。血は出ているが、死に至る傷ではない。これぐらいの傷、彼ならばすぐに回復するものだ。
剣を納めると、少年は球体に視線を向ける。
「刺激を与えるのは……よくないか。――どうするのがよいだろうな?」
前を向いたまま、少年は問う。
「――――出すしか、あるまい」
答えたのは、いつもより少し声の高い、ディオスの声だった。