久遠の花~blood rose~【完】

 *****

 ――とある病院の一室。
 ある人物のカルテを見ながら、その人物の担当医と話す医師が居た。彼はその人物と似たような症例を多く見てきているとあり、次の検査では立ち合いたいと申し出ていた。

「彼女が通い始めて、十年程ですか。他に変化はありませんでしたか?」

 訊ねると、担当医は一週間前のことを思い出していた。彼女の妄想だろうと初めに言ってから、自分と同じ人に会ったこと。その人物が早く動けたなど。変わったことと言えばそれぐらいだと告げた。

「――異常な身体能力のある人物、ですか」

 途端、眉をひそめる医師。それは周りの者には気づかれることなく、医師はすぐにいつもの表情に戻った。
 彼には、ずっと探している人物がいる。それはとても大事な人物ではあるが、彼はその人物に会ったことがなく、あるのはわずかな情報のみ。本当はその人物をよく知る者に聞きたいところだが、その相手とは都合がつかず、今は自分で探すしかない状況だった。

「患者の名前は日向美咲(ひなたみさき)。今年で十八になる女性で間違いはないですね?」

 カルテに貼られた写真を見ながら、彼女こそが探し人であってくれればと、医師は思いをはせていた。

 ◇◆◇◆◇

 公園まで来ると、私はベンチに座っていた。別に体調を悪くしたわけではなく、どうしてか、ここで待っているよう言われてしまった。ちょっと退屈し始めた頃、自分の方に走って来る一人の姿が見え――それが次第に、あの少年だというのがわかった。

「ごめんねぇ~。はい、コレお詫び」

 そう言って、少年は私にフルーツの缶ジュースを差し出してきた。

「そんな、あなたにそこまでしてもらうなんて」

「気にしないの。ってか、名前で呼んでよ。呼び捨てなら尚いいけど」

 私に缶を渡すと(半ば強引に)、少年は横に座り、ジュースを飲み始めた。
 呼び捨てって言われても……。見た目、私より年上に見える。いきなりそんなことはできないし、なによりまだ、少年を信用しきれないでいた。

「呼び捨ては、ちょっと……。私より年上ですよね? せめて、「さん」付けでないと」

「年上なのは合ってるけど、な~んかよそよそしいんだよね。ま、美咲ちゃんがそれで呼びやすいならイイけどね」

 私のことをなぜ知っているのか気になるけど、少年が――もとい、雅さんがあまりにも普通に接してくるから、もういいかなと、諦めにも似た感情がわき始めていた。とりあえず今は名前のことよりも、核心をついたことを聞くべきだろう。

「……あのう」

 問いかける私に、雅さんは視線をこちらに向け、ん? と小さく首を傾げる。

「今日会いに来たのは……襲うため、ですか?」

「はははっ! ストレートだねぇ~。安心してよ、襲ったりしないから。オレが美咲ちゃんに、興味があるんだよ」

 笑顔で言われ、私は少し呆れたようにため息をついてしまった。
 デートの理由にはなってる気がするけど……なんだか納得いかない。

「別に……私に面白いところはないですよ?」

「オレからしたらあるんだよ。例えば――」

 手にした缶を置くと、すっと耳元に顔を近付けるなり、

「オレと同じ病気、とかね」

 と、なんとも艶のある声でささやいた。
 恥ずかしさと驚きで思わず後退すれば、さっきまでの雰囲気とは一変。雅さんが、あの夜のように大人びて見えた。

「お、同じ、って……」

「ウソじゃないよ。ま、急に言っても信じられないだろうけど」

 そう言った後の雅さんは、また明るい雰囲気に戻っていた。
 もし……もし本当に同じなら、私も、二人のように動けるの?
 確かに私は、二人に興味をもってる。あそこまでの身体能力が欲しいってわけじゃないけど、ちょっと長く走れるぐらいの体力は欲しいと、そう思った。

「ふふっ、興味持った?」

「……それが、本当なら」

「ウソなんて言わないよ。それにほら、こうやって話してるんだから、もう友達でしょ? 友達にウソなんて言わない言わない!」

 片手を握りながら、雅さんはなんとも嬉しそうに私を見た。同じ悩みを持つ友達ができるのは嬉しい、けど……。

「あ、顔赤いねぇ~。照れてるの?」

 口元に手を持って行かれ、どうなの? と、意味深な視線を向ける雅さん。
 私は声にならない声を上げ、ただおろおろとしていた。
 さ、さすがにこれ以上は……!もう限界だと、これ以上のスキンシップをやめてもらうために、なんとか言葉を振り絞った。

「あ、あのう……」

「今度はな~に?」

 相変わらず笑顔の雅さん。未だ私の手を離さず、しっかりと握り締めている。

「私……こういうのは、苦手です!」

「こーいうのって――コレのこと?」

 握っている手を持ち上げ、確認をとる。それに頷けば、渋々ながらも、雅さんは手を放してくれた。
 ――意外、だなぁ。もっとしつこいかと思ったのに。でも、やっぱり残念だったのか。雅さんは、どこか拗ねたような表情をしていた。

「これぐらいイイと思うんだけどなぁ~」

「そ、そうかもしれませんけど……そういった経験が無いから、苦手なんです」

 その言葉に、雅さんはすかさず興味を示す。

「そういった経験って、なんなのかなぁ~?」

 ニヤニヤと怪しげな表情を浮かべ、どういうことなのかと問い詰めてくる。

「だ、だから……男の人と手を繋いだり。――こ、こうやって過ごすことがですよ!」

 距離を詰めてくる雅さんの肩を押し返し、私は強めに答えた。
 少しでも隙があると、どうやらくっついてくるみたい。……気を付けないと。

「へぇ~。じゃあ美咲ちゃん、彼氏いなかったんだ?」

 当たっているだけに、なんと返していいものか困ってしまった。
 やっぱり、この歳で一回も付き合ったことがないって、珍しいのかなぁ。

「中学はあまり通っていませんし……そんなこと、できる状態じゃなかったですから」

「じゃあオレが初ってわけか。嬉しいなぁ~」

「!? も、もう付き合ってるんですか!?」

「オレは構わないよ? むしろ大歓迎!」

「わ、私はよくないです……」

「えぇ~オレじゃダメ?」

 ダメとかそういう問題じゃなくて……いきなり言われても、困っちゃうんだよね。
 多分、からかってるだけだろうし。あ、でももし本気で言ってたら――。
 う~んと悩んでいれば、雅さんはくすりと、小さな笑いをもらした。

「急にはムリか。――ま、初デートはゲットしたみたいだからイイや」

 語尾に音符マークでも付きそうなくらい、雅さんの声は楽しげで。こっちとしては、またどうやって返したらいいのか少し困ってしまう。
 とりあえずこの話題を変えようと、今思い付いたことを聞いてみることにした。
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