久遠の花~blood rose~【完】
「み、雅さんは、この辺りに住んでるんですか?」
話は何でもよかった。このまま続けたら、恥ずかしさに耐えられそうになかったから。
「ちょっと遠いかな。そんなこと聞くなんて、家にでも来てくれるの?」
「い、行きませんよ! どうしてそんなことになるんですか」
「な~んだ、残念。――ってか、やっぱ美咲ちゃんイイね」
「? いいって、なにがですか?」
「まともにオレと話してくれるとこ。他人とこんなに話したのって、ホント久々なんだよねぇ~」
笑いながら言ってるのに、その表情は、どことなく影を帯びているような気がして……なんとなく、淋しさを感じた。それは、自分の境遇を思い出したからか。それとも、雅さんの気持ちを感じ取ったからか。私たちの間には、少し冷たいような、それでいて、どこか心地のいい雰囲気が流れていた。
「――ま、もちろんイイのは他にもあるけどね」
そう言って立ち上がると、雅さんは私の目の前に手を差し伸べ、
「では、家まで送りますよ――お姫様」
ニコッと笑みを見せながら、そんなことを言った。
「ふふっ。お姫様だなんて」
予想外の言葉に、私は思わず笑っていた。面白いことを言うんだなぁと思いながら、自然と私は、雅さんの手を取っていた。
「あれ、苦手じゃなかったの~?」
「苦手ですよ? ただ、こうやって言われるのは面白くて」
からかうように言う雅さんに、私も少し、悪戯っぽく答えてみせた。
「なるほどねぇ~。――でもさ」
一瞬にして、目の前の景色が消える。なぜ消えたかを理解する前に、頭上から声が聞こえた。
「簡単に信用しちゃ……ダメだよ?」
体を包まれる感覚。それでようやく、私は雅さんの腕に抱かれているとわかった。信用しちゃダメと言う言葉に、私は雅さんがなにを言いたいのかわからず、ただじっとしているしかできなかった。
「いくら相手が優しくても、簡単に隙を見せちゃダメ」
あの日のように、怖いという感情は無い。
腕の中は温かくて……落ち着きさえ感じてくる。
「自分を護りたいなら、尚更ね」
そう言った後、雅さんはゆっくり私を解放した。
気まずい雰囲気が流れる中、雅さんは何事も無かったかのように笑顔を見せる。
「それじゃ、本当に帰るとしようか」
「あっ……はい」
間の抜けた返事をする私に、雅さんは再び手を取り歩き始めた。
今のは……なんだったの?何度も自問自答しながら、雅さんの横顔を見つめた。
明るくて、たまに見せる大人な雰囲気。本心が掴めない雅さんに、私は少しずつ、興味が湧きつつあった。
「――家、こっち方面でしょ?」
「そうですけど……どうしてわかるんですか?」
「だって、美咲ちゃんの匂いがするし」
「っ!? 私……臭いますか?」
「違う違う! なんて言うのかなぁ。オレたちだけがわかるっていうか。とにかく、臭いとかじゃないから安心して」
私に合わせているのか、歩調はゆったりとして歩きやすい。色々と話も振ってくれるから、変に気まずいと感じることもないまま、いつも立ち寄る丘を通過し、もう少しで家に着く距離に差し掛かった――その時。
「――ミヤビ」
突然、足を止める雅さん。様子をうかがえば、笑顔のまま後ろを振り向く。
「なにか用事?」
「安心しろ。お前に用は無い」
そこに現れたのは、叶夜君だった。
初めて会った時とは違い、今は最初から怒りを含んだ視線をこちらに向けていた。
「彼女から離れろ」
「アンタに指図されるいわれはないね。それにさぁ――結局、調べてないんだろう?」
「彼女の回復を優先しただけだ。特に他意はない」
睨みつける叶夜君。あの日とは違う雰囲気に、私は恐怖を感じ始めていた。
「別に、美咲ちゃんだってイヤがってないし……ね?」
いきなり手を引かれたと思えば、今度は肩に手を置かれ、隙間がないくらい密着されてしまった。そしてそのままの状態で月神君に視線を向け、
「だからさ……デートのジャマ、するなよ」
挑発ともとれるような、そんな言葉を口にした。
艶やかな声に、ドキッと跳ね上がる心臓。間近で聞くには、まだ慣れそうになくて。私はまた、あわあわと慌てることしか出来ないでいた。
「いいから……とっとと離れろ!」
そう言って、叶夜君は雅さんと反対側に立ち、私の肩に手を置く。
「あ、あのう……?」
今私は、二人に挟まれた状態。私の頭上で、二人は火花を散らしていた。
「早く離せ」
「それはこっちのセリフ。デートしてるんだから、ジャマするなよ」
一瞬、叶夜君の顔が険しくなった。このままだと、二人の仲がどんどん悪くなるのは目に見えている。
「あ、あのう。私は……」
「そんなことは関係無い。こっちは彼女に用があるんだ」
「用事ならここで済ませてよ。そして、すぐに帰って」
「だ、だから、私の話を……」
「随分と偉そうだな。――あの夜、逃げたくせに」
今度は、雅さんの顔が険しくなった。すぐ笑顔に戻るも、心なしか、目が笑ってないように思える。お互い一歩も引かず、未だ私の声も届かない。あまりにも聞いてくれない二人に、さすがにそろそろ……いくら私でも恥ずかしいのを通り越して、ふつふつと、怒りが込み上げてくるのを感じた。
「美咲ちゃんに嫌われると思ったから引いたんだよ」
「だから話しをっ」
「どうだかな。ただ怖かっただけなんじゃないか?」
一向に話を聞いてくれない二人。次第に話しかけることをやめ、私は無言になっていった。