久遠の花~blood rose~【完】
◇◆◇◆◇
――声がする。
徐々にはっきりと聞こえるそれに、重たい目蓋を開いた。
「お、目が覚めた」
オレのことわかる~? と、満面の笑みで少年が聞く。
茶色の髪に――緑の、瞳?
雰囲気は、エメさんに似ている。しかし、顔に見覚えはない。
「――――わかりません」
ゆっくり、言葉を口にする。
まだ体に力が入らず、思考も普段より落ちていて、今の状況が理解できない。
「ははっ、やっぱり。オレは雅。呼び方は好きにしていいよ」
「なら――雅にします」
「お、呼び捨てだ」
「? 嫌なら、さん付けにしますが」
「いーや。そっちの方がオレ好み。――で。今の状況わかる?」
言われて、周りをよく見る。
ベッドに寝ているのはわかるけど、それ以外は――。
「――叶夜と、契約を」
「――へぇ~。契約したんだ。(気にくわねぇ……)」
「? 今、なんて」
「気にしない気にしない。
とりあえず説明すると、契約の後にキョーヤが発症しちゃってさ」
発症……そうだ、叶夜はっ!?
「叶夜はっ!?――っう」
起き上がるも、頭がふらつき、再びベッドに体が倒れる。
「急に動かないの。大丈夫。キョーヤは今、リヒトさんに見てもらってるから」
「よかっ、た……。でも、どうしてあんなふうに」
「あれ、知らなかった? 完全発症すると、男は女を。女は男を。手当り次襲うんだ。んでもって、そーいう時は血の欲求だけでなく、性的欲求も高まるわけ」
「なら、自分は――」
「あ、そこは大丈夫。あいつ、最後までしてないから」
稀なケースなんだけどねぇ~と、雅は意外そうにもらす。
「ま、それも襲われたのが美咲ちゃんだからだろうけどね」
首を傾げると、雅は首を指差す。触れてみれば、自分の首に包帯が巻かれていた。
そっか。血、吸っていたんだ。
「伝わってよかった」
「やっぱ、稀なのは美咲ちゃんが原因か。命令したの?」
「はい。その時、契約のせいか意識が遠退いて――止められてよかったです」
「ははっ。襲われたらシャレになんないもんね?」
「襲われる、というより、叶夜が元に戻ったのがよかったなと」
それよりも、あんなふうに苦しむ姿を見たくなかった。
襲われる恐怖よりも、みんなが苦しんでいる方が、自分にはよっぽど怖い。
「ふ~ん。自分よりも他人、か」
ベッドに頬杖を付きながら、雅は笑みを浮かべる。
「――そーいうの、嫌いじゃない」
声の質が、艶やかになる。
今までの明るい雰囲気から、大人びたものを感じ始めた。
もしや発作(性的な)かと思い、雅に警戒の視線を向ける。
「あ、オレが欲情してるって思ってる? だったら契約しようよ。そーしたら、なにかあっても止められるだろう?」
どうする? と、雅は首を傾げた。
確かに、そうしておけば安全だろう。でも、複数も契約してもいいものなのだろうか?
「契約は、何人としてもいいんですか?」
「この契約はね。ま、本式のはダメだけど」
「本式――。他にもやり方が?」
「そ。キョーヤとしたのもちゃんとしたものだけど、本式と言われるのはもっと強いものなんだよね」
強いもの?
なら、そっちの方が都合いいんじゃ。
「どうして、そっちをしないんですか?」
「ん~。しない、って言うより、【できない】んだよ。これにはお互いの心からの同意。そして、心を交換する必要がある。交換には、お互いを思い合うことが条件だから」
思い合うことが条件?
それぐらいなら、自分にもできると思うけど。
「ここで言う互いを思うは、普通のじゃダメ。――ま、ようは夫婦になります、ってことだと思って」
そういうことなら、確かに自分にはできなさそうだ。
そもそも、今自分が思っている相手を思う気持ちも、みんなを護りたいという思いからくるもので、その者単体に抱く感情は、正直言ってない。