久遠の花~blood rose~【完】
「自分にそれができないのは、よくわかりました。あともう一つ、気になることが」
「オレが答えられるものならどーぞ」
「一つ目の誓い、ってことは、二つ目も存在するんですよね? さっき、叶夜が三つの誓いすべてを捧げるって」
「そうだよ。一つ目は力を。二つ目は体の自由を。三つめは魂を。主従関係を結んだ相手に委ねるものなんだ」
「本式よりも、三つの誓いを全てする方が大変そうですね」
「まぁこれも本来は、王族と騎士が交わすようなものだったらしいしね。他に聞きたいことは?」
「いいえ、大丈夫です――普通の契約を、しましょうか」
なんとか上体を起こし、前のめりになりながら体を支える。すると横にいる雅から、お、いい眺め~と、明るい声が耳に入った。
「いい眺め――?」
なんだか、背中が涼しい。何故かと思い自分に視線を向ければ――着ていたはずの上着がない。
「さすがに着替えさせるのは悪いかなぁ~って思って、そのまま寝かせてたんだよね」
そういえば……服、破かれたんだっけ?
気にせず契約をと言えば、何故か雅は意外そうな表情を浮かべた。
「えっ、と……。恥ずかしくないの?」
「特には。――おそらく、そういったものも消えてしまったんだろうと」
「これはこれで嬉しいけど――(あたふたしてほしいんだよなぁ)」
ごにょごにょと、聞き取れないなにかと言っている。しばらく黙って様子を見ていたが、長くなりそうなので、契約をしませんか? と、声をかけた。
「ごめんごめん。じゃあ、左手かして?」
右手で体を支え、左手を差し出す。手を取ると、雅は目を閉じ深呼吸をする。そして目を開けると、真剣な眼差しを向け、言葉を紡ぎ始めた。
「一つ目の誓い、二つ目の誓い、そして、三つ目の誓いを、日向美咲に――我が真名を彼の者に晒(さら)す」
もう一度、目を閉じ深呼吸をする。
自分を見る瞳は、徐々に淡い光を放っていく。
「我が真名はエル・スウェーテ。今この時より、我は彼の者に三つ全ての誓いを行う。――許しを、いただけますか?」
静かに、肯定の言葉を口にする。
そして叶夜同様、雅も左手に血文字を記していき――そっと、唇を落とした。
「これで、契約完了。エルの意味は願う翼。これで美咲ちゃんは、オレに命令できるってこと」
「?――――これは」
笑みを浮かべたと思ったら、顔が近付いて。
「スキンシップってやつ」
何故か、額に唇が触れていた。
「そのカッコ見たら、我慢できなくてね。――そーいう隙は、男に見せるもんじゃないよ?」
この姿に隙?――あぁ、そっか。
こういう姿は、発症していなくても欲情させてしまうというわけか。
「――すみません。これから気をつけます」
「ま、オレだけに見せてくれるっていうなら大歓迎だけど。――こーいうのは、大事な人限定」
覚えておきな、と言い、ぽんっぽんっ、と頭を撫でられる。
わからない言葉もあるけど、とりあえず今は服を着よう。動けないので、雅に頼みクローゼットから適当に選んでもらったものに袖を通した。
「そろそろ休みな。契約の疲れだけじゃなく、血も減ってるんだし」
「さっきよりは、大丈夫のようです。――雅は」
血が、欲しくないのだろうか?
気になって聞けば、雅は間の抜けた声をもらした。
「だって、今もらったりなんてしたら……」
「少量であれば、ですけど。あとは寝るだけなので、気を失っても大丈夫ですから」
発作が起きる前に、少しでも血があった方がいいんじゃないかと思い提案すると、雅は目を丸くしていた。
「――――お人好し」
小さく発した言葉は聞こえず、何を言ったのかと思えば、
「遠慮なく吸っちゃうけど――ホントにいいの?」
妖艶な笑みを浮かべ、雅が間近に迫っていた。
「少量だというのを守れるなら」
「わかってるって。んじゃ、やわらかい部分を――」
首元にくると思い、噛まれていない方の首を見せる。――しかし、感触があったのは、首とは別の部分。
「――――っ、ひゃ!?」
「あ、感度はいいんだ?」
再び、噛まれる感覚がする。
首にくると思っていたのに、噛まれたのは耳たぶだった。
「ちょっ、……な、にっ」
血を吸うだけでなく、くちゃっという音と共に舌の感触がする。徐々に血を吸うことより、そちらの方が主になっている気がする。
「み、やびっ……遊ばない、で」
「あははっ。ごめんごめん」
ようやく、雅が離れた。
なんだか余計、疲れが出てきたような気がする。
目蓋が重くなり、話すのも億劫になってきた。
「んじゃ、そろそろ帰るね」
「気を、つけて――…」
意識が遠退き、まともに挨拶ができない。そんな自分に、雅は再び頭を撫でながら、何か言っている。
「アンタのこと――嫌いじゃないよ」
言葉も聞き取れなくなり、意識は、そこで完全に落ちていった。