久遠の花~blood rose~【完】
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昨日のことを、美咲は無かったことにしようと言った。
発症が原因とはいえ、あんなことをした俺を、本気で許そうとするなんて。
「美咲さんは……優し過ぎる」
「優しい?――そっか。これが優しさ」
普通のことを言っただけなのに、美咲は妙なことを口にしていた。
「とにかく、もう終わりましょう。お互い無事であるなら、それでいいじゃないですか」
「……そこまで言うなら」
「では、戻りましょう」
すると、美咲は一人で下りようとしていた。
「俺が抱え――っ!?」
言い切る前に、美咲はもう、ここから下りてしまった。
急いで追えば、美咲は何事も無かったかのように下で立っていた。
「驚くことでもありましたか?」
「驚くも何も……」
今まで、美咲にこんなことは出来なかった。
身体能力が、オレたち並になってきているのか?
命華にそんな力があっただろうか。
「――体に、異常は無いか?」
「? いえ。特には」
目立った変化は無いわけか。
――念の為、リヒトさんに会わせた方がいいかもしれない。
俺では、何かあっても治療をする術がないからな。
「悪いが、授業は諦めてくれ」
美咲を抱え、急いで自分の家に向かった。
リヒトさんはまだ、蓮華さんの所から戻っていない。あちらに行くには、前にミヤビから貰ったのと同じ薬が必要となる。
それを使い、オレたちは蓮華さんがいる場所に向かった。
*****
「あ~らら。様子がおかしいと思って来てみれば――」
いつもなら何かしら反応を示すのに、今日は隣に近付くまで、青年は反応を示してくれなかった。
「別に、私を心配する必要などないだろう?」
「随分な言い草ねぇ~。こっちは仕事放っぽいて来てあげたっていうのに」
「……ちゃんとしろと言ったくせに、自分からさぼってどうするんですか」
呆れたのか、青年は大きなため息をついた。
「いいのよ。今の優先順位は、あなたの主の件なんだから」
「? 何故、あなたが私の件を優先する」
「嫌~な情報聞いちゃったのよ。――あなたの主、封印対象にしようって上がってるらしいわ」
途端、青年は少女の顔を見た。
「――上は、主を護るというのか?」
「半々、ってとこかしら? 私からすれば、殺すってことと変わらないと思うけど。力のある者なら、血肉を採取されたり、儀式や実験の生贄にされたり。ま、ようは上の好き勝手に飼われちゃうってことなのよ」
さらっと言う少女に、青年は言葉も出なかった。
ただでさえ主が大変な時に、上層部までもが主を欲しがるなど……。
そんなことはさせてはいけないと、青年は少女に問う。
「どうすれば……上は諦める?」
「そうねぇ~。実験に参加でもすれば、大人しくするんじゃないかしら?」
「つまり、私が行けば片付くと?」
「おそらくわね。上は、あなたのこともっと調べたそうだったし。自分から行けば、こっちの主張ものんでくれる可能性が高いわ」
青年は、幾千と生きてきた魔物。
とある実験棟で、貴重な古き者として管理されていた。それを少女が半ば強引に契約をし、施設から連れ出したのだ。
「無理に行かなくていいのよ? 好都合なことに、上は私のことも調べたいようだしね。あなたの方は、もうあっちの人とも顔見知りなんだから、あなたの方が動きやすいでしょ?」
「――いや、私が行きます」
これは、あの日から決めていた。
こういう時がきたなら、彼女に頼ることなく、始末をつけるべきだと。
「元は私の件です。自分のことは、自分でしてきます」
「こーいう時こそ、主の私に任せればいいのに」
「私の真の主は美咲様だ。貴女ではない」
「なによ! ここは私に感謝するとこでしょ!?」
ぶつくさ文句を言う少女に、青年は相変わらずの態度を取る。
しかしその表情は、いつもより、少し笑っているように見えた。