久遠の花~blood rose~【完】
『あの人たちが欲しいのは……ワタシの血。その為に戦って、そのせいで、叶夜が産まれた』
「? 血の……せい」
『あの男は、呪いを欲しがった。だから蓮華さんの血と自分の血を使って、叶夜を創った。ワタシの血を……命華を手に入れる為だけに、罪も無い命が、たくさん産まれては消えた。あの人たちは自分勝手。ワタシたちを手に入れる為なら、他がどうなろうと知ったことじゃない』
日向美咲は、この事実を知っていたのだろうか?
今の自分には、その記憶を知る術(すべ)はない。
もう目を合わせていないのに、声だけでも、思考力を奪っていかれる気がする。
『蓮華さんも、命華のせいで苦しんでる。ワタシたちがいるから、誰かが傷付く。――いっそのこと』
そう言って、フェリスが背後に回る。なにをするのかと思っていれば、そっと、自分の左手に手を重ねてきた。
『全部……壊せばいい』
途端、左手が同化し始める。なんとか逃げようともがいても、手は、石から離れ素ことはなく。ただ、同化していくその光景を、見ているしかできなかった。
*****
夜も明けきらぬ時間。
そろそろ屋敷を出ようとしている上条の部屋に、訪問者が現れた。
戸を開ければ、そこにいたのはシエロ。思わず触れそうになった手をぐっとこらえ、上条は平静を装い話しかけた。
「このような時間に、どうされました?」
「ちょっと、話がしたくて。――入ってもいいかしら?」
「では――少しでしたら」
向かい合わせで腰を下ろすと、シエロはやわらかな笑みを浮かべ、話を始めた。
「箱を――処理するんですってね。私が運べば安全なのに、あなたたちだけで行かせるなんて」
「悪いですが、それはさせませんよ。アナタにさせたとあっては、あの時と同じですからね」
「本当、あなたは心配症ね」
「当たり前です。私を誰だとお思いですか?」
「口調も相変わらず。本当に――あれから幾千と時間が経っているなんて、実感がわかない」
「それはそうでしょう。アナタはずっと、封じられていたのですから」
コンッ、コンッと、戸を叩く音がする。
返事をすれば、木葉が戸を開け、そろそろお時間ですと告げた。
「わかりました。私もすぐに行きますので、先に外で待っていて下さい」
軽く頭を下げると、木葉は部屋をあとにした。
しーんと静まりかえった部屋。そこでシエロはぽつり、
「名前を――呼んで」
と、上条に微笑んだ。
「それから――できれば、あなたに触れたい」
普段であれば、絶対に彼女から言わないようなことを言われ、上条は目を丸くしていた。
「名前は、いいですけど――触れてしまうのは」
自分が傷付くのはいいが、彼女が傷付いてしまうことはしたくない。
戸惑っていれば、シエロは大丈夫だからと言い、距離を縮める。
「レンがね、今なら少しだけ――触れられるからって」
そう言い、シエロの片手が上条の頬に触れる。思わず後退するも、触れた彼女の手も、自分自身も傷付いていないことに、今度は上条の方から、シエロに触れてみた。
「――――痛くは、ないのですか?」
そっと、シエロの手に触れる。
大丈夫だと言う言葉に、上条は手を離し、今度は頬に触れてみた。
「私のことは――分りますか?」
「もちろん。まだ――忘れることはしないわ」
「どうして――」
「主な呪いが抜けたのと、木葉さんのおかげだと思うわ。それと――やっぱり、あなたが始祖なのも関係してるみたい」
「一体どんな仕組みが」
「そんなこと、今はいいでしょ? せっかく触れられるのだから――あなたを感じたい」
きつく、背中に手を回す。最初は驚いていたものの、上条も同じように、シエロの背中に手をまわした。
「よう、やく――。アナタに、触れることが出来た」
「――何か、忘れてませんか?」
腕を緩め、顔を見合わせる。するとシエロは、名前ですよ、と言い笑みを見せた。
「呼んで下さい。それが、今一番の願いです」
「では――アナタも、呼んでいただけますか?」
「当たり前です。ようやく会えた。ようやく――リヒトに触れられた」
とても嬉しそうに、明るい声でシエロは言った。
「私も同じです。こうして再び――シエロに触れることを、何度も夢見ていました」
愛おしそうに、ゆっくと、上条は口にした。
こんな些細なことも、二人には容易ではなかった。
触れること。
名前を呼び合うこと。
どれが互いを傷付ける要因になるか、その時で違っていたのだから。