久遠の花~blood rose~【完】
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黒いモノたちに紛れ、湖に二人が消えるのを見ている者がいた。
月明かりが、徐々にその者を照らす。そこにいたのは――艶やかな黒髪に、紫色の瞳を宿した男性。
堂々たる姿や雰囲気から察するに、叶夜たちよりも歳は上だろう。
「やはり見つけていたか。報告は受けていない――そうだな?」
顎に手をあてながら、何やら思案する男性。その問いかけに、男性の数メートル後ろで物音がした。
「――はい。何も、伺(うかが)ってはおりません」
姿を隠したまま、その者は声を発する。少し低い声で答えるその者は、声から察するに、若い男性のものだろう。
「私に秘密か……随分と、“自我”を持ったものだな」
面白いような、気にくわないような。男性はなんとも複雑そうなため息をもらした。
「ディオス様、何故行かせたのですか?」
黙ったままの男性、ディオスの行動が気になったのか、背後の男性は問う。
「しいいて言うなら――我の中の“未練が暴れる”、とでも言おうか」
これまた面白いのか。ディオスは口元を一層緩ませる。
「長い時が経つというのに、往生際が悪いものだ。――若くして手に入れた体は、扱い辛いのかもしれぬな」
「でしたら、すぐにでも消去を」
「よい。これぐらいで我は御せぬ。――むしろ、消え去る前に面白いモノでも見せてやろうかと思うぐらいだ」
くくくっ、と怪しい笑いがもれる。
ディオスが何を考えているかわからなかったが、背後の男性は、それを問いただすことはしなかった。自分はただの執事。主が何をしようと、その目的を深く追求することはしない、と考えていたからだ。
「それで――箱は、手に入れられそうか?」
真剣な口調で、ディオスは問う。その問いかけに、背後の男性は静かに、はいと短く返事を返した。
「ならばいい。分かっているだろうが……」
「はい。内部はもちろん、あちら側にも気を配ります」
「ふっ、やはり分っておるか。――さすがは“同じ血”だな」
思惑どおりにことが運んでいると知るなり、ディオスの表情は晴れやかだった。
「叶夜のことは、しばらく放っておけ。――お前は、箱のことだけを考えろ」
それを聞くと、男性は音も立てずに、その場から姿を消した。
「さてと。お前はどう出るのだろうな。――リヒト」
空に向かい、ディオスは小さく呟く。
誰に言ったわけでもないその言葉は、暗闇の中へ、ゆっくり溶けていった。
◇◆◇◆◇
次に目を開けた時には、そこはもう違う場所だった。
目の前にあるのは、大きな一軒家。よくテレビなんかで見る日本家屋の平屋で、敷地内には池もあり、厳格な雰囲気がうかがえた。
「オレの家だ」
「どうして……出口がここに?」
「他の場所に出ると面倒だからな。直接ここに繋げた」
「そんなこと、できるんですね」
「これをやると疲れるがな。――と、言う訳で」
再び、顔を近付ける叶夜君。何をされるかわかった私は、咄嗟に、自分の顔を手で覆(おお)った。
「だから、口にはしない」
「そ、そういう問題じゃ……!」
というか、本当にまたしようと!?そう思ったら、今度は顔だけが一気に、熱が上がっていくのを感じた。
「じゅ、充電とか言って、そんなの、軽々しくしないで下さいよ……」
「命華だったら、これぐらいいいだろう?」
その言葉を聞いて、私は覆っていた手を外した。不思議そうにする私を見て、叶夜君も同じ様な顔をする。
「知らないのか?」
頷いて答えれば、しばらく、黙ったままの叶夜君。どうしたんだろうと様子をうかがっていれば、月神君は縁側に行き、そっと私を下してくれた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「気にするな。それよりも――命華がなんなのか、知りたいだろう?」
その言葉に、私はまた黙って頷いた。
真剣な表情を浮かべる月神君は、隣に座るなり、話を始めてくれた。