久遠の花~blood rose~【完】
「――これが、お前の?」
目の前にあるのは、何処かの森林。
日差しが真上から照りつけ、心地いい風が肌に触れる。
「嫌な記憶にしては、穏やかじゃないか?」
そう思えるほど、この空間は平和だった。
「そー言われてもねぇ~。昔のことあんまり覚えてないんだ。再生してくれるならラッキーって思ったのに――ハズレたかな? 二人は見覚え無い?」
使い魔を見れば、首を横に振っていた。
俺にもこんな風景に覚えは無い。過去に穏やかな気分でいられた覚えは無いし、そういった感覚がまず分からなかった。
「二人じゃないとすると、やっぱり私の記憶なのか――それとも」
ん~としばらく唸ると、少年は使い魔の方を向き立ち止まる。
「最初の日向さんって、どーして呪いを受けたわけ? どーも気になっちゃってさ。そもそもの始まりはなんなのか、って」
「そんなことより、先を急いだ方がいいと思うが」
「疑問の芽は摘んでおきたいタイプなんでね。聞きたくないなら、次のドアでも探してて」
「……なら、そうさせてもらう」
少しでも早く……。
だが、逸る気持ちに任せて行動するような真似はもうしない。使い魔にも約束を交わし、周りに警戒しつつ、次へと進むドアを探し歩いた。
*****
「ほら、早く話なって」
少年に急かされた使い魔は、渋々ながらも当時のことを語り始めた。
「主は優し過ぎる。苦しむ者を放っておけず、自らの力を人に分け、共存していく道をとっていた」
「具体的に何を?」
「子を成せない者に、力を使っていたらしい。だが、無暗に力を使っていたわけじゃない。最低限の干渉で留め、普段は人と接触することはしなかったといういのに……」
ぎっ、と使い魔は歯を食いしばる。
「いつからか、人間は主を悪として扱うようになった。生殖に関わる力は卑猥で淫。悪魔だと罵り、貶めることを言い始めた」
「信仰の対象ってのは、時代と共に変わるものだからねぇ~」
「主もそれは承知していた。自分より優れた存在がいるならそれにこしたことはないと。だから、新しい存在にも力を分け、自分はもう関わることはしないように過ごしていた」
「それがどう呪いと関係してくるわけ? 聞いてて、特に何かしたってわけじゃなさそうなのに」
「…………嫉妬だ」
ぽつり、力の無い声で使い魔は答える。
「以前に話したのを覚えてるか? 主には、【特別な存在がわからない】、と。長く信仰された者はそれだけ力がある。おまけに主は、相手が悪だろうと関係ない。自分に害を成さないなら構わないと受け入れていたようだからな。――その中の一つ。ソレと関わりを持ったことが、他の存在には堪らなかったらしい。名は分からないが……おそらく、主よりも古い存在だろう。ソレに気に入られたことが、周りに反感を買う一番のきっかけだ」
「えっ……たった、それだけのことで?」
「可笑しいだろう? 崇められる対象が、たかだかそんなことで呪いをかけるなど」
「いや、そーいったことで争いが起きた例も知ってるけど――こんな大事(おおごと)にする? ってか、一人の呪いじゃないだろう! 何人がかりの呪い!?」
「そんなもの、わかるはずないだろう? 私以外にも従者を置けばいいのに……主は、何故かそれを拒んでいた」
「そんな状況なら、使い魔を置いても不思議じゃないんだけど……出会はいつなんだ?」
「昔、とある儀式で生贄にされた時だ。村を護り、厄災や悪の意識を払拭(ふっしょく)する為に」
「彼女がその儀式を取り仕切ってたの?」
「主は無関係だ。儀式とは名ばかりで、自分は急に殺された。……正直、今でも訳が分からない。何故殺されたのか。こんな仕打ちを受けなければならないのかと、酷く恨んだものだ」
その後、遺体はバラバラにされ、野ざらしにされたらしい。
奇(く)しくも、この行為が村を恐怖に貶(おとし)めることとなった。恨み辛みは消えることなく増大し、その思いはやがて、村全体を覆った。