久遠の花~blood rose~【完】
「早く……。でない、と。苗床にっ。――あれは……長の中にいるのは。〝花〟が、欲しいの。私と、華鬼の長……シエロさんは。それぞれっ、苗床、で」
「もうしゃべるな!」
運ぼうとすれば、エメは拒絶するばかり。ここにいて治るわけじゃないのにと、雅はエメに言い聞かせる。
「早く行こう。今行けば間に合うからっ」
「悪いけど……ゆずれ、ないから」
やわらかな表情を浮かべるエメ。なんとか腕に力を込め、右手で雅の頬に触れる。
「あれはっ、はなが欲しいの。神にいたり、あたらしい……世界を、創るためっ。……みさきちゃんは、その花。成ってしまったら、戻せないっ」
ゆっくり。それでいて強く、エメは語る。
「開花したら……きっと、私も消えちゃう……だからっ」
「…………ウソつき」
ため息をもらす雅。エメの頭を撫でると、面倒そうに言う。
「最後のワガママって言ったくせに。二回使うのはなしでしょ?」
気まずい顔をするエメ。彼女の顔は、今は痛みではない理由で曇っていた。
「昔っからそーだ。なにかやってると思えば、最後はぜーんぶオレたちに任せて――ホント、イヤな性格。でも結局は従っちゃうあたり、オレって洗脳されてんのかな? ははっ」
「もう、洗脳だなんて。――やり方、わかる?」
「…………血だろう?」
「えぇ。今なら私の血をっ、吸っても……かんせんは、進まない」
微笑むエメ。だが、次第に呼吸が細くなり、熱が徐々に引いていく……。
ひしっ、と互いを抱きしめ合う二人。
この先のことは予想出来る。今やらねば、エメは確実に消えてしまう。
「――ほら、早くしないと」
「――こっちも心の準備ってのがあるんだから」
顔を見合わせ微笑む。
きっと、これが二人でいられる最後の時間。
「ちゃん、と。好きなこ、みつけなさいよ?」
――ゆっくり、エメの左肩に牙が食い込む。
「あなたはっ……素直じゃ、ないんだから」
目蓋を開ける力も抜け、声も小さくなっていく。
「ほんとっ、は……大好きな、くせに」
「――――奪ったら、それこそエメは怒るだろう?」
「あら……みとめるの?」
「でも、言ったりしないから」
「ふふっ。だったらなおさら。――ちゃ~んとっ、まもって……エル」
「っ、……ホント、いっつもの相手のことばかり」
抱き上げると、雅は上条の元に向かい歩き始めた。重くなる体をしっかり抱え、エメの顔を見る。
「おやすみ――エメ」
その言葉を選んだのは、エメがやわらかな笑顔をしていたせい。――だから雅も、今出来る精一杯の笑顔を向けた。
〇●〇●〇
どの世界にも、ソレを存在させるモノがある。『 』から何かを生みだすのは容易じゃない。神でも無い者が、神のように振舞うには限界がある。
――では、どうすればいいか?
答えは簡単。〝自分で〟生み出すのではなく、〝そーいった存在〟に生み出してもらうこと。
だが、あいつは新しい世界を創るだけじゃない。今の世界を壊すことを考えている。そーなれば、今在る世界の意志に妨害されるはずだが……まだその動きは感じられない。
全ての存在。それは時間も空間も等しく。ありとあらゆるモノには、〝生きたい〟、〝死にたくない〟という存在意思がある。だから、そーいった願いを壊そうとするモノには抑止力が働く。その意思が動けば、あいつのすることは成功しない。
ソレは、存在するモノに何も出来ない代わりに、存在するモノから侵されない力がある。
さて――今回はどーかな?
抑止力という流れは、ある意味気まぐれな生き物。あらゆる要因が重なって、何かのきっかけでスイッチが入る。鍵は、おそらく彼女の意思。でも今のままじゃ、その意思すら危うい。だから、彼女が動けるよう力を貸してみるか。
……まさか、こんな形で自分の存在理由を理解するなんて。だからこそ長い時間生き、ここにも来ることになった。
もっと早く……彼女と深く関わりたかった。気付いた途端失恋とか、いい笑い話だ。
◇◆◇◆◇
『 』から、色のある空間に変わる。そこには、様々な〝思い〟が存在していた。
――でも、その思いを〝思考〟している存在は無い。
『――――見付けた』
どこからか、音が聞こえる。
『諦めるの? ここはまだ、あっちと繋がってるよ』
あっち? つながってる?
よくわからない音が浸透する。
『思い出して――ここは君のいる〝世界〟じゃない』
せかい……?
『そう。君は、みんなを護りたいんだろう? だったら――こんな場所にいたらいけない。体は使えないけど、今なら〝意思だけで干渉出来る〟はず』
何かが、周りを包んでいく。
『これ以上は、君の意思次第。忘れないで。君には、叶えられない願いはない。今までたくさん犠牲にしてきたんだ――そろそろ、反撃しても罰は当たらないよ』
眩しい光が覆う。
最低限の記憶。
最低限の感情。
流れ込むのは、選りすぐった素材。
この世界は、まだ壊れちゃいけない。
だから……もう一度、戻らなきゃ。