久遠の花~blood rose~【完】

 頭に響く声はどんどん大きくなり、体中を悪寒が駆け巡ったと同時、



「うわぁああーーー!!」



 耐えられなくなった私は、声を大きく張り上げた。
 体の奥底から、嫌なモノが溢れてくるような……得体のしれない感覚に、頭を抱え暴れた。

「っ、美咲! 美咲!?」

 時々、頭の声とは別の音が聞こえる。でもそれは頭の声に打ち消され、パニックになっている私には、まともにその音が届くことはなかった。

「うっ、あ……ぃ、やだ。――触らないで!!」

 黒いモノが、私に触れようとする。触れてはダメだ。これは危険だと、本能が叫ぶ。それから逃げるため、私は何度も、近付いてくるそれを振り払い続けた。



 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――!



 ただの音が、言葉へと変わる。
 聞き取れなかったそれは遠吠えとなり、一つの合唱と化す。



 憎い憎い憎い憎い憎い――!



 浴びせられる言葉は痛く、鋭い刃物を衝き立てられた感覚。



 頭が痛い。――死ね。
 胸が痛い。――シネ。
 心が痛い。――死ネ。



 止まりかける思考。
 甘ったるい、どろどろした黒いモノが、“私”という存在を麻痺させる。



 あぁ……こんっ、なの。



 脳の許容を、人の限界を超えてる。
 考える隙がないほど、この世のありとあらゆる闇。悪意と言われる感情全てが黒一色となり、一気に叩き込まれる。



 っ、……けて。



 ……たす、けて。



 声にならない声。
 言葉として発しそれは、人の耳に聞き取れるものだったのか。
 途端、頭は強制的に固定された。

「美咲! オレの目を見ろっ!!」

 頭に響くのとは、別の音。
 徐々にそれは声となり、私の耳に届いていく。

『――必ず、メイカは』

「そのまま、視線を合わせろ!」

『――らず、ロス』

 呼びかける声が大きくなるにつれ、頭に響く声は、どんどん小さくなっていく。

「そうだ。そのまま息を整え、っつ!?」

 徐々にはっきりする視界。それまで見えていた黒いモノは薄れ、色のある景色が見え始める。
 頭に響いた声は、もう言葉がわからないほど小さくなり――呼吸が整った頃には、聞こえなくなっていた。
 すると目の前には、苦痛に顔を歪める人の姿があった。



「……きょう、や、くん」



 ようやく落ちついてきた時、私は力の無い声で、目の前にいるその人の名前を呼んだ。

「悪い……オレが、あんなことしたから」

「ち、がっ。……声が」

 叶夜君のせいじゃない。違うと言いたいのに、まだうまく言葉を口にすることができなかった。

「無理してしゃべるな」

 そう言って、叶夜君はそっと頭を撫でた。
 ……顔、こんなに近かったっけ?
 頭を動かし、自分の今の状況を目にする。押し倒されているというのに、意外にも頭は冷静で。恥ずかしいとかそんな感情は無く、まだそこまで、思考が追い着かないようだ。

「……声、が」

 それでも、なんとか今聞こえたことを伝えようと、たどたどしいながらも、ゆっくり言葉を発した。

「嫌な、声が……聞こえて」

 不思議そうな顔をする叶夜君に、そのまま話を続ける。

「大きな、声で……。私の、ことを」

「――何て、言ってたんだ?」

「殺す、って……めい、か、だから」

 その言葉に、叶夜君は悲痛に顔を歪めた。

「……俺、は」

 叶夜君は、なにを言おうとしたのか。
 口を小さく動かしていたものの、その続きが聞こえることはなかった。
 固く目を閉じ、黙ったままの叶夜君。どうしたのかと心配してれば、目を開けた時には、いつものような雰囲気に戻っていた。

「安心しろ。そんなことはさせない」

「? させ、ない……?」

 聞き返す私に、叶夜君の右手が、そっと頬に触れる。
 壊れ物を扱うように……優しく、優しく丁寧に撫でていき、



「俺が……必ず護る」



 まるで懺悔をするように。
 力強い瞳を向け、叶夜君は誓った。
 その言葉を聞くと、体から徐々に力が抜けていった。

「――美咲!?」

 なんだか……疲れちゃった、なぁ。答えるのもままならなくなり、私はゆっくり、目蓋を閉じた。
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