久遠の花~blood rose~【完】
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院内が少しざわつく。何が起きたのかと、新しく赴任した医師が対応すれば、運ばれて来た患者は、最近カルテを見た少女だった。
会うのが少し早まったと思うものの、彼女のことを調べたい彼にとってはタイミングがよかった。
「日向美咲さん。日向美咲さん」
目を開けない美咲に、医師が語りかける。
――何度目かの呼びかけ。ゆっくり、美咲は自分の名前を呼ぶ医師の顔を見た。初めて見る医師の顔に、誰ですか?と美咲は訊ねた。
「私は上条理人(かみじょうりひと)。来週からアナタの担当医になるはずでしたが、アナタが担ぎ込まれたので、早めの対面となってしまいましたがね」
温和な表情とやわらかな茶色い髪色。サラサラの髪を耳で揃えてあるその顔に、美咲は雅のことを思い出していた。
「アナタのカルテを見ました。ここ最近は倒れることが多いそうですが…何か、心当たりはありませんか?」
「――――笑い、ませんか?」
「患者の話には真摯に向き合うたちなので、ご遠慮なく」
「それじゃあ…」
美咲は、前にも話したことを話した。自分と同じ病気だという少年二人と会ったこと。その二人は、尋常じゃない速さで走れるし、日に照らされても問題がなさそうだということを。自分が見たことを、正直に話してみた。
「そのお二人も、薬を飲んでいるのであれば、どこかの病院に通っているかもしれませんね。一応、私はこの手の分野が専門なので、少しはアナタの生活が改善に繋がるかと」
「あのう。可能なら、二人を連れてきた方がいいんでしょうか?」
「医者としては、確かに彼らの体調にも気にかかることはありますが、連れてくることなど可能なんですか?」
「お願いをすれば、もしかしたら」
「そうですか。私も、その彼らには興味があるので、お願い出来るのであればよろしくお願い致します」
そこまで話すと、疲れからなのか、美咲の瞼は重くなり始めていた。
「無理をさせましたね。また明日にでも検査をしましょう――おやすみなさい」
部屋を音にすると、医師は扉に封をした。それは人間では感知できないもので、万が一を想定してのこと。人ならざるモノが入り込まぬようにと、注意をしてのことだった。
「――確率は高さそうですね」
ぽつり、屋上に出て言葉を発する。
いつもは煙草を吸わない上条だったが、今日はなんとなく吸いたくなった。
白い煙が、空へと舞い上がる。それを眺めながら、上条はこれからの立ち回りを考えていた。おそらく、彼女が話していた少年二人と言うのは人外。それも、王華と雑華の中から選りすぐりの者だと推測が出来る。
「本来は面倒ですが――仕方ありませんね」
姿を見せることを今までしなかった上条。だが、美咲と言う可能性を見つけてしまえば、いつかは見つかるだろうと思い、早いうちから手を打とうと考えていた。
「気配は…おや、意外と近いですね」
探し人が居るであろう方向を向く。今夜は当直だが、少しぐらい離れていても問題ないだろうと思い、そのまま屋上から飛び降り屋根を伝う。
白衣を揺らしながら夜をかける姿は、叶夜と雅よりも早く。ものの数分で、一人見つけ出していた。
「――失礼しますよ」
冷たい声。その声を向けたのは――叶夜だった。
「どうしてっ。だってあなたは」
「私が動かない、とでも?まぁ否定はしませんが、今回はたまたまですよ」
上条の瞳が輝く。黒だった瞳が、淡い紫色へと変化していく。
途端、叶夜は体を硬直させた。
「見たところ…アナタは王華ですね。でも――何か違う」
「っ――おれ、は。人工的、なので」
「なるほど。まぁ、人工でも何でも、この際構いません。――アナタに、お願いがあります」
お願い、とは言っているが、これは強制でしかない。それぐらい、上条からの力が強かった。
「日向美咲。――彼女を護って下さい」
「――――でも、俺は」
「何でしたら、私が持っている薬をあげましょう。――どうですか?」
「――――裏切る、かもしれません」
振り絞るような声。叶夜の声からは、起きることが確実なのではと思わせる雰囲気があった。
「その時は、私が殺してあげますよ」
「……できれば、お断り願いたいですけどね」
「なら頑張ることです。――アナタにも、自我はあるのでしょう?」
それに対して、叶夜はすぐに頷くことが出来なかった。今こうして思っていることは、果たして本当に自分が考えていることなのかと。それさえも、時々怪しいと思っているのだから。
「ひとまずは――私の提案にのる、ということでいいですか?」
こくり、頷く叶夜。それを確認すると、上条はその場を後にした。あとは、もう一人を探すだけ。次はどこに居るのかと、屋根の上を伝う。すると――ここからそう遠くない場所から匂いを感じた。
「――食事中すみませんね」
街の裏路地で、もう一人の人物を見つける。そこには吸血する雅の姿と、吸血されている女性の姿があった。
「えっ、何でアンタが――」
「こちらにも事情がありましてね。それよりも――」
まずは、女性を放したらどうかと提案する。上条に見つめられては逆らえるわけもなく。女性に暗示をかけ、この場から去るようにした。
「――これで、いいですか?」
「えぇ。ありがとうございます。早速ですが――日向美咲。彼女を護っていただけませんか?」
「始祖のアナタが動くなんて、やっぱり特別なんですね」
「まだ核心はありませんがね。それで――返事の方は?」
じっ、と見つめられ、雅は一瞬後退した。
深呼吸をし、なんとか向き合おうと体を動かし、
「っ――オレは、オレのやりたいことがあります」
正直に、思っていることを口にした。
彼に嘘は通じない。と言うよりも、それは心が――魂が、それを拒絶するから。自分よりも強い上位存在からの言葉に、逆らうなんてことは出来ない。
「では――傷つけない。これならどうですか?それぐらいなら支障はないでしょう?」
「――可能な限りってことなら」
「それでいいですよ。あ、私のことは内密に」
しっ、と指を口に当て微笑む。その姿に、雅は頷いて答えた。