久遠の花~blood rose~【完】

 ◇◆◇◆◇

 夢を見ていた。
 肩まである茶髪に、紫色の瞳をした男性。その目からは、静かに、涙が流れていた。



 ――――続き、かなぁ?



 見覚えのある光景。それに私は、今朝見た夢を思い出した。

『全く。少し休んでいれば……何をバカな真似をしておる』

 手の平に刺さった剣を抜くなり、女性は男性の頬を叩く。
 やっぱり、この二人は今朝見た人だ。

『っ!――――どう、して。アナタが』

『聞きたいのはこちらだ。後を託されたくせに……なんだその有様は』

 情けないとか、男らしくないとか。呆れた口調で、女性は叱り続けた。
 よく見れば、女性の衣服はぼろぼろ。血や泥で汚れていて、ここに来るまでどんなに大変だったのかがうかがえる。
 でも、それとは対照的に、顔には傷一つ無かった。
 白い肌に、腰まである髪。まっすぐ伸びた髪は黒々と輝き、澄んだ青い瞳を宿した女性には、洗練された〝美〟を感じた。

『言っておくが、それを使っても死ねぬぞ?――もう、刺され済みだ』

 胸に手を当てながら、女性はどこか悲しげな表情を浮かべる。

『お前はお前の役目を果たせ。箱の処理は、私が任されている』

『ですが――』

『お前の言い分は聞かない。これはシエロの意志だ。それを邪魔するなら――』

 場の空気が、ひんやりする。それは徐々に冷たさを増し、痛いほどの寒い空気に変わっていく。



『――私は、お前を殺す』



 感情の無い言葉が、言い放たれた。
 男性の喉元に、短剣が向けられる。
 女性の目は本気そのもの。少しでも異議を唱えようものなら、問答無用で喉をかき切る勢いだ。



『――――全く。アナタという人は』



 観念したのか、男性は渋々ながらも女性の言葉に頷いた。

『どうせ、それでは死ねないのでしょう?脅しになっていませんが、アナタに従いますよ』

『では、これらは私が持って行く。――お前も、早く立ち去れ』

 男性の目の前にある箱と短剣を手にすると、女性はあっと言う間に姿を消した。
 残された男性は、名残惜しそうに両手を握りしめながら、また、涙を流していた。

 ―――――――――…
 ―――――…
 ――…

 また――夢を、見ていた。でもやっぱり、目覚めと共にその内容は、あやふやなものとなってしまった。起きたら忘れる、なんてことはよくあるけど、こうも気になる夢を見てるのに忘れてしまうのは、気分がすっきりしない。
 夢を見るのは、その日の出来事、記憶の整理をするからだと聞いたことがある。子どもの頃によく夢を見るのは、起きてる間に処理が追い付かないから、寝ている時に整理をする為。大人になるにつれ夢を見ることがなくなるのは、その処理が間に合うからだと。
 すると、私がこうも夢を見るのは――うまく整理ができない、とか?
 疲れてるのか。それとも脳自体になにか異常があるからなのか。
 今度、上条先生に相談してみよう。

 *****

「何を迷うことがある?お前は、この為に生きていたのだろう?」

 暗い部屋の中、怪しく笑う低い声が響く。
 話しかけられている相手は、未だ一言も口を利かない。

「まあいい。考える余地を与えよう。我もそれほど酷な事は言わぬ」

 そう言って、部屋を出る男性。入れ違いに入って来た者は、その場に残った者に近付き、説明を始める。

「ディオス様の話は以上です。お受けになるのであれば、それなりの物をご用意下さい。一番はもちろん、命華を連れて頂きたいのですが――先ずは、先程述べた物を」

「…………わかった」

 小さく、同意の言葉を口にする。そしてその者は、素早く部屋を後にした。



「――――帰ったのか?」



 先程部屋を出たディオスが、中の者に問いかける。

「はい。説明をしたところ、最後は了承を得られました」

「アイツが命華を連れて来るのが早いか。それとも――」

 ふふっと、ディオスは怪しく笑う。

「しばらくはどちらも様子見だな」

 そう告げると、ディオスは部屋を後にする。何処に向かうのかと思えば、どんどん階段を下って行く。
 ――そして、とある部屋の前で足を止めた。
 扉は頑丈に施錠され、技術的にも魔術的にも、厳重に塞がれていた。
 手をかざしながら呟くと、扉はひとりでに開いた。
 中は真っ暗で、灯りも無い。その中をゆっくり入っていくと――また、扉が現れた。そこにも厳重に封がされており、先程の扉を開けるよりも、時間を要した。



「――喜べ。奴はまだ、自我があるぞ」



 部屋に入るなり、ディオスはそう告げた。怪しい笑みと共に語られたそれに、中にいた人物は横たわった体を無理やり起こし、ディオスを凝視する。

「嘘ではないぞ。今話をしてきたところだ。――微かに、気配を感じるだろう?」

 服の袖を、近くへと持っていく。するとその者は、明らかに覚えのある気配に驚きの表情を見せた。

「懐かしいだろう? だが、まだ会うことは出来ぬがな」

「っ、……余計な、手出しは」

 前のめりになりながらもなんとか体を支え、声を振り絞る。
 その様子にディオスは、口元を怪しく緩めた。

「ああ、しないとも。それが我とお前の契約――それぐらいのことを守らぬほど、小さな者ではない」

 それとは対照的に、話しかけられた者は、悔しそうに唇を噛みしめていた。

「そして、お前も殺しはしない。――お前は、“大事な女”だからな」

 女性の髪に触れながら、ディオスは言う。
だが女性はその手を振り払い、

「大事なのは私じゃない! 私の力だろう!?」

 悲痛とも言える叫びを上げた。

「ああ、我はな」

 悪びれることなく、ディオスは肯定の言葉を口にする。

「だが、お前が求める者は――どうだろうな?」

 意味深な言葉を残し、男性は部屋を後にした。



「必ず――この手で」



 強い決意を表す言葉。
両手を強く握りしめながら、女性は、小さな月明かりが入る小窓を見つめた。



「さて――これで、準備は整ったな」



 屋敷を出たディオスは、一人、月を眺めながら呟く。

「ふふっ、まだ抗うか。だが、それもまた心地いい。その抵抗も、我にはいい暇つぶしだ。精々楽しませてくれよ。――レフィナド」

 己の胸に手を当て、ほくそ笑むディオス。
 投げた賽が思うように転がり、今までで一番、心が躍っていた。
 命華を見つけること。
始祖を見つけること。
 そして暇つぶしの材料がまだあるということに、笑いが止まらなかった。

「いい。いいぞいいぞ! 今世はこれほどまでに恵まれたか!!」

例えるなら、壊れた人形。ただ繰り返し、甲高く笑い声を上げるそれは、まさしくそう呼ぶに相応しい声を上げ続けていた。
 己が受けた報いを、奴らにもしてやれる。いや、同じなど生温い。それ以上の報いを奴らに――!
 その思いだけで、ディオスは長い月日を生きてきた。復讐……そんな言葉では簡単に言い表せないほどのものを、彼は抱えていた。彼が求めるのはただ一つ。命華の始祖、それを手にすること。その為ならば、他人の命など構わない。どれだけの者が血を流そうと知ったことではない。先に仕掛けたのは――。



「お前たちカルムや人が、先なのだからな」



 低く、冷たい言葉。
 それまでの雰囲気は一変。
 恨むような瞳で、ディオスは月を見上げる。



「必ず、お前を手にする。どんなに離れようと、我とお前は引き合う。――――必ずな」



 決意に満ちた瞳は、茶色から紫へと色を変え。
 これから始まる出来事に、期待と憎悪を膨らませていった。
< 27 / 208 >

この作品をシェア

pagetop