久遠の花~blood rose~【完】
赤い空に、青い月が輝く世界。
そこには、見知らぬ誰かがいる。
覚えなんてないのに、意志とは反して、その映像は流れ続けた。
『……、シエロ』
『大丈夫。私は、……』
銀のように輝く、紅色をした髪の女性。
その隣には、長い黒髪の男性がいる。
この人たち……誰、なの?
神妙な面持ちで、二人はなにかを話している。顔や話の内容まではわからないけど……なんだかそれは、とても大切なことのように思えた。
「…………なん、なのっ?」
尚も続く痛み。思わず両手で頭を押さえ、私はその場にうずくまった。
その間にも、断片的に見える景色。でも、覚えのあるものは見えなくて、全てが初めて見るものばかり。何を意味してるかなんてわらないまま、私はただ、この痛みが治まることだけを願っていた。
『いいのか? このままじゃあ、お前は■■ことに』
このままだと……なんだって言うの?
『それに賭けるしかないの。これは、■■から決まっていたことだから――私は、■■■を継いでいるから』
『だからと言って……こんなこと』
決まってた?
それに、継いでるって……。
どういうことなのか知りたいのに、肝心の部分になると、もやがかかったみたいに聞き取れない。わかるのは、二人の表情と周りの景色ぐらいで。今にも泣き出しそうな女性を見ていると、こっちまで泣いてしまいそうな気分になる。胸が苦しくて、もやもやして……言いようのない感覚が、体を包み込んでいった。
「――ミツケ、タ」
どこからか、二人とは別の声がする。
途端、それまで見えていた光景は消え、辺りはいつも見ているのと変わらない町並みが目に入った。
「――ミツケ、タ」
まただ。今度は、はっきりと聞き取れた声。周りを見るも、それらしいものは見つけられず、誰もその場にはいなかった。
も、もしかして……。
また、あの日と同じことが起きるんじゃないかと、不安が過る。
声がしたと思ったら、今いる場所とは違う場所が見えて――。似ている状況に、逃げようと考えつくまで、時間はかからなかった。少しでも離れよう。ここから逃げようと、徐々に足を速めていった。
「――ミツケタ!」
耳元で声がしたと同時。体に痛みが走り、何が起きたのかと困惑していれば、
「がっ?!…、っ……、、、!」
気付いた時には、首を鷲掴みされていた。
「オレダケノ血! オレダケノモノ!!」
そう叫ぶのは、血走った目をした男性。見知らぬその人に、私の体は勢いよく壁に押し付けられていて。そこまでされて、ようやく、逃げなきゃという考えが回り始めたものの――到底、男性に敵うはずもなく。
「大人シク、シロ!」
「っ!?……、、、…っ」
暴れる私を、男性は更に強い力で首を締めあげていった。
いきっ、が……!
目に映るのは、怪しく笑う男性の姿だけ。次第に視界もぼやけていき、あの時のような、黒く深い闇に埋もれてしまいそうになる。
「アハハハッ! 血ダ。メイカノ、血ッ!!」
微かに聞こえる声。それはとても、歓喜に満ちたものだった。
本当にこの人……私が死ぬのを、喜んでるんだ。
もう痛いとか、苦しいとかわからないほど。全ての感覚が鈍くなり、“私”という存在が曖昧になっていく――。
こん、なっ……ところで。
死にたくない。“死ぬわけにはいかない”と、消えかける意識が、“私”を奮い立たせる。
終わることなんてできない。
だって……だって私は。
『まだ――成し遂げてない!』
強い意志を持った言葉。その声は、誰のものだったのか。
私が思った気もするし、でも、声は私じゃないような気も――。
「赤イ……新鮮ナ血ッ!」
ぐぐっと、一層強く締まる首。
かろうじて保っていた思考も薄れ、“死”という存在が大きくなった途端、
「――何してる!?」
体は、地面へと放り出された。
首にあった痛みが徐々に薄れ、ようやくまともに息が出来るようになった私は、肩で大きく息を吸った。
「っ!? ヤ、ヤメ、……ッ!?」
近くで、声が聞こえる。
呼吸を整えながら声の方を向けば――男性の首が、体から離れる瞬間を目にした。
さっきまで、私の首を絞めていた男性の頭。ごとっ、と地面に落下すると、そのままどこかへ転がっていき、体は、崩れるように倒れていった。首からはとめどなく血が溢れだし、切り離した人物に、雨のごとく降りかかっていた。
地面に広がり続ける、大量の血、血、血――。しばらくその光景を眺めていた私の脳は、ようやく、今の状況を認識し始めた。