久遠の花~blood rose~【完】



 死んで、る……?



 嘘だと思いたい。嘘だって思いたいのに……。目の前の光景と鼻を衝くその臭いに、これは紛れもない現実なんだということを突き付けられてしまう。



 「――ケガはないか?」



 冷静な声が、私に語りかける。
 視線を地面から徐々に上げ、呼びかけた人物に焦点を合わせてみれば、



 「どこか、痛んだりしないか?」



 声の主は――叶夜君、だった。
 凛とした表情でまっすぐ私を見つめるその瞳は、とても強い印象を受けた。
 白だったYシャツが、鮮やかな赤に染まっていく。
 大量の血を浴び、目の前には死体が横たわっているにもかかわらず、叶夜君は表情一つ変えなくて――その姿はまるで、命を刈る“死神”のようだと、そんなことを考えてしまった。

 「美咲さん……?」

 目の前に来て、膝を付く叶夜君。
 反応を示さない私を心配してか、ゆっくりと頬に手が伸びていき、

 「――っ!?」

 反射的に、体はその手から逃げていた。

 「ご、ごめん、な、さい……あ、あり、がっ」

 結果はどうあれ、私を助けてくれたことに変わりはない。だからちゃんとお礼を言おうと思ったのに……声は、まともに出てくれなかった。

 「……俺が、怖いか?」

 「!? そんなっ、こと」

 「声も、体も震えてる」

 「そ、それは……こ、こんなに、たくさん血……見たこと、無い、から」

 「……嫌なものを見せて、悪かった」

 頭ではわかってる。これが、私のためにやったことだって。



 ……それなのに。



 すぐに、受け入れることができなくて。まともに目を合わせられないほど、私は動揺を隠せないでいた。



 「……こういう時、どうしたらいいんだろうな」



 小さく呟かれた言葉。とても弱々しいその声からは、さっきまで血の海に立っていた人と同じとは思えないほど、別人の声に聞こえた。



 「しばらく……君には触れない」



 何か言ったと思えば、叶夜君はすっと立ち上がり、私との間に距離を取る。

 「――叶夜です。美咲さんが処理の現場を見てしまって」

 そして背を向けながら、誰かに今の状況を電話していた。
 まだ体が動かなくて、視線だけをなんとか向けて見ると――ちょうど話が終わった叶夜君と、目が合ってしまった。

 「っ!? あ、あのう……」

 「大丈夫。オレはもう、触れないから」

 途端、叶夜君の周りが、黒い光に包まれる。なにが起きたのかと見ていれば、光は、男性の体からも発せられていた。よく見れば、それは地面に広がっていた血も同様に光りを発していき――治まった時には、死体も血も、跡形もなく消えていた。
 い、今の、って……。
 困惑する思考。再びパニックになりそうな気持をなんとか静め、これ以上取り乱さないよう、気持ちをしっかり保とうと努めた。
< 30 / 208 >

この作品をシェア

pagetop