久遠の花~blood rose~【完】
「……ごめんなさい」
その言葉に、叶夜君は不思議そうな顔をする。
「私が声を聞いた夜、力を使ったんですよね? あの時、辛そうにしてたから……無理を、させたんじゃないかと思って」
「気にしなくていい。これの扱いにはもう慣れた。力を使うと痛むとか、そういうことはない」
言い終えた叶夜君の表情が、どこか淋しそうで。とても切なく、次第に、胸が締め付けられていくのを感じた。そして自然と、手が勝手に動いて、
「苦しい、の……?」
私の左手がそっと、叶夜君の胸に触れていた。
もう、そんな姿を見たくない。
私のせいで、“また”誰かが傷付くなんて……。
「苦しい時は、吐き出さなきゃ。――あなたが、壊れてしまう」
言葉を口にした途端、目の前に、こことは違う景色が広がる。
それは覚えのない景色で、あちらの世界とも違う。
『……、シエロ』
『大丈夫。私は、……』
ただ、そこに居る人は見覚えがあった。
数日前、男性に襲われる前に見た人に似ていて――でも、見えたのはほんの一瞬。それから何度か瞬きをしていれば、目に映ったのは、淋しそうな表情を浮かべる叶夜君の姿だった。
「本気で……心配してるのか?」
小さく何か呟くと、叶夜君は口元を緩めながら、
「案外、積極的なんだな」
と、私の左手を握りしめていた。
「他の男にも、こうやって触れるのか?」
「――っ!? ご、ごめんなさい!」
しばらくして、私はようやく、自分がなにをしたのかを理解した。
慌てて手を引っ込めた私は、恥ずかしさのあまり、叶夜君に背を向けていた。
「本当、ごめんなさい! 自分でもどうしてしたのかわからなくて……お、おかしい、ですよね?」
こ、こんなことするつもりじゃなかったのに……。
絶対笑われると深いため息をついていれば、
「――ありがとう」
微かに、そんな言葉が聞こえた。
振り返って見ると、今まで見たことが無い表情をした叶夜君がいた。優しくて……だけどやっぱり、どこか淋しげな。相反する感情が入り混じった、そんな表情をしていて。それがとても、綺麗に思えた。と同時に、胸に、不思議な感覚が広がっていくのを感じた。
なん、だろう……熱でも、あるのかなぁ。
とくん、とくんと、急に脈が早くなり、顔も、なんだかちょっと熱い気がする。でも、それがなんなのか理解できないまま、私はその感覚を無視した。
「――ちなみに、あいつも魔眼だ」
「雅さんも、支配の眼なんですか?」
「普通は魅了だけが多い。だが、あいつが持ってる力を俺は知らないからな。何かが付いている可能性もある」
「じゃあ、さっきの騒ぎも……」
言いたいことがわかったのか、それに叶夜君は、少し違うなと答えた。食堂での騒ぎは、確かに雅さんが持つ力ではあるが、それが直接魔眼と関係しているわけではないらしい。あれは、吸血鬼ならほとんど誰もが持っているとか。