久遠の花~blood rose~【完】

 「つまりは、相手を惹きつけるフェロモン的なのを出すんだ。それが人間にとったら、堪らないらしい」

 「でも、私は平気ですよ? あ、そこは命華だからですか?」

 「悪い。そこまではオレにもわからない」

 「そうなんですか。じゃあ、もしわかったら教えて下さいね。少しでも、命華について知りたいので」

 「わかることなら教える。今は、他に知りたいことは無いのか?」

 「えっと……。じゃあ、叶夜君たちの目的が知りたいです」

 一瞬、叶夜君は顔を歪める。けどそれは、注意して見なければ気付かない程度の、ほんの微かな変化だった。

 「――目的、か」

 考え込む叶夜君に、私は無理しないようにとお願いした。
 無理やり聞き出すのは気が引けるし、うまく説明出来ない事情だってあるだろうから。

 「君には知る権利がある。――目的は、呪いの解除だ」

 「呪い、ですか? どうしてそんなこと」

 「俺も伝え聞いただけだから、詳しくは分からない。だが実際、俺たちに呪いがあるのは事実だ。解除には命華の存在が必要だから、探してる」

 「その呪いって……一体どんなものなんですか?」

 聞いてはまずかったのか、それきり、叶夜君は口を閉ざしてしまった。
 迷っているのか、時々頭をかき、ため息をもらしている。

 「本当、答えられないものはいいですから」

 「……いや、大丈夫だ」

 そう言って、叶夜君は深呼吸をする。

 「昔話だと思って、気長に聞いてくれ」

 頷くと、叶夜君はゆっくり、話を始めてくれた。

 *****

 ――遥か昔。神や人の世界が、繋がっていた時の話。
 のちに王華(おうか)と雑華(ざっか)と呼ばれる、花を糧に生きる種族――カルム がいた。その種族は自然から成った者で、花以外にも、清らかな場所であれば生きていける者もいたらしい。
 自然と共存する彼らだったが、ある時、異変が起き始める。糧となる花が、突然意味を成さなくなってしまったのだ。色んな種類の花を試すも、自然にある物ではどうにもならず……衰弱していくのを、ただ待つしかできなかった。
 そんな中現れたのが、花を作れるという一人の女性――これが後に、命華の始祖 にあたる種族。彼女は彼らに合った花を作り、衰弱していた者たちに渡した。すると、彼女から花を貰った者たちはみるみる回復していき、以前と変わらないほどの元気を取り戻していった。その種族たちはカルムたちのそばで生活し、花を作り続けたが――それも、長くは続かなかった。
 次の異変は、その花を作る種族に起きた。子ども、特に女の子が産まれなくなり、その数は激減。これに困ったカルムは、僅(わず)かに残った作り手を奪い合い、争いを始めてしまう。命華はそれから逃れようとするものの、そのほとんどが捕らえられ、今までの生活から一変。奴隷のような生活を強いられることとなった。
 そしてついに、捕らえられた作り手は数を増やすことなく――最後の一人となってしまった。
 その一人とは、最初にカルムたちを救った女性。この頃には、作り手に対する扱いは変わっていたことものあり、最後の作り手 は丁重に扱われた。だが、花を得られるのは地位が高い者だけ。生きるのは高貴な生まれだけという考えが広がっており、得られない者たちは、代わりになるものを探し始め――あるモノに、目を付けた。



 それは――人間の血。



 花と人間の血は似ているらしく、それはまさに、花に代わる代物になった。始めは少しずつ、人間から許可をもらい得ていてが、次第に欲求を抑えられなくなり、人間を殺す者が出始めた。



 そして今度は――人間との争いが始まった。



 最初は、独占するから人間が殺されるのだと主張していたものの、それだけでは治まらないのか、怒りの矛先は、作り手にも向けられた。
 そしてその戦いの最中(さなか)、作り手は、何者かによって殺されてしまう。この争いを期に、カルムたちは、人間がこちらの世界に来られないようにと隔たりを作った。
 それと同じくして、作り手たちが亡くなったとされる場所から、花が咲くようになった。まるで血のように色付いた、深紅の花が。試しにそれを口にしてみれば、今までの物とは比べ物にならいほどの回復力。これで生きていける、と喜んだのも束の間。その花を糧にした者の中から、次第に、自我を失う者が現れ始めた。特に激しかったのが、最後の作り手を埋葬した場所に咲く花を糧にした者たち。喉の渇きは増し、何を試しても満たされない。人間の血を飲めば多少治まるものの、それも長くは続かず。
 花によって早く自我を失うか。
 血によってゆっくり自我を失うか。
 残された道は、どちらか一つ。



 それをみなは――呪いだと恐れた。



 カルムと、人間に殺され作り手たちの思い。自分たちだけが滅びるのは認めないといわんばかりに、その勢いは、ただ増していくばかりで。



 きっと……どちらからがいなくなるまで。



 いや。どちらも消え去るまで、この呪いは止まらないのだろう。
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