久遠の花~blood rose~【完】
「あのう。本当に、気にしなくていいんですよ?」
「さっきのことだけじゃない。――最近、まともに話してなかっただろう?」
改めて言われると、さっきまで普通に話していたことが、だんだんと恥ずかしい気がしてくる。
「わ、私の方こそ……助けてくれたのに、あんな態度」
「そんなの当然だ。美咲さんは、初めて見たんだからな」
「それでも、やっぱり失礼でした。――本当に、ごめんなさい」
「いや、悪いのは俺の方だから」
「そんな、私の方こそ」
それから私たちは、お互い謝ってばかりで――気が付けば、お互い笑みをこぼしていた。
「俺たち、謝ってばかりだな。これで解決、ってことにしないか?」
「叶夜君がそれでいいなら」
「当たり前だ。――それで、さっきの話だが」
途端、真剣な表情になる叶夜君。何の話をするのかと思っていれば、今夜のことについて詳しい話を始めた。時間は、夜の十一時を回ったぐらい。その時間に、叶夜君が迎えに来てくれるらしい。
「わかりました。でも……静かにお願いしますね?」
おじいちゃんにバレでもしたら、どう言い訳したらいいかわからないし。何より、余計な心配をかけたくない。
「そこは安心してくれ。一度あがったこともあるし、今日は部屋に直接行く」
……上がったことが、ある?
あげた覚えなどない私は、どういうことなのかと首を傾げていれば、
「具合でも悪いのか?」
と、心配そうに訊ねられてしまった。
「その……いつ、家に?」
その問いかけに、しばらく黙る叶夜君。そして思い出したように、その時のことを話し始めた。
「初めて会った夜、送り届けた時にあがらせてもらった。すぐに起きるだろうと思い待ってたが、全く起きる気配が無くてな」
「それで……私に何かした、と?」
「いや。ただ、家の人には暗示をかけておいた」
「えっ!? おじいちゃんに何したんですか!?」
「安心してくれ。害は無い。さっきも言ったが、美咲さんがなかなか起きないから、病院に連絡してもらったんだ。それと、俺の記憶を消した。他には何もしてない」
「それじゃあ……別に、部屋を物色とかは」
恥ずかしながら言う私に、叶夜君はニヤリ、と怪しい表情を浮かべながら、
「なら、次はその期待に沿おうか」
と、意味深なことを言って歩き出した。
「じょ、冗談ですよね!?」
「さぁ、どうだろうな?」
それだけ告げると、叶夜君はドアの向こうへと行ってしまった。
一人屋上に残された私は、叶夜君の真意がわからず、しばらくその場で混乱していた。
*****
太陽が真上になる頃。上条は一人、何やら準備をしていた。
机の上には資料が散乱し、床にもそれが散らばっている。
「――、……!」
叫ぶ声が聞こえ、上条は声のする部屋へと向かう。
行ってみると、そこにいたのは夜に出逢った少年――雅の姿だった。慌てた雰囲気を察してか、上条は宥めるように話しかける。
「随分と早いですね。来るのは今夜のはずでは?」
「待ってられないんですよ。悪いけど……すぐに貰えませんか?」
苦しそうに、雅は頼む。
それに上条は軽くため息をつき、奥の部屋から何かを持って来た。
「一つ、注意をしておきます」
「なんですか? 早くそれが欲しいんですけど……」
急かす雅に待ったをかけ、上条は続きを話す。
「これは、あくまでも試作品です。これが確実に効く保障はありませんが……それでも?」
「……そんなこと」
言うまでもないと、上条が手にしている物を奪う。
それは、どこにでもありそうなタブレットタイプの薬。飲み終えてしばらくすると、雅の容体は落ち着き始めてきた。呼吸も整い、余裕の表情を浮かべられるほど回復している。
「――ホントにイイ物みたいですね」
「それはどうも。ですが、先程言ったとおり、これは試作品ですよ」
「わかってますよ。これでしばらくは保てそうです」
「……助かりたいなら、彼女に頼ることです。私のでは、せいぜい進行を遅らせることぐらいでしょうから」
それを聞いて、雅は少し、苦い顔をした。頼りたくないのか、弱みを見せたくないのか。雅は特に何も答えることなく、別の話題を切り出した。
「ホントに美咲ちゃん――命華なんですよね?」
「えぇ、間違いないですよ。影にも襲われたのなら、もはや確実でしょう」
「だったら早く、目覚めてもらわないと」
「だから今日呼ぶのです。少々強引ではありますが……今後のことを思うなら、それが一番でしょうからね」
あまり気乗りしないのか、上条はどこか不安げだった。
美咲には、今夜あることをしてもらう。それによっては、今後の行動に影響するほどのことを。
「――聞いても、いいですか?」
不意に、雅は訊ねる。
それに振り返り、上条は次の言葉を待った。
「大事なモノを壊した経験って……あります?」
いつもと変わらない表情。けれどその時の声はいつもと違い、どこか儚げな色を帯びていた。
――長い、長い沈黙。
先に動きを見せたのは――上条からだった。
「ありますよ。とても大事な人を――この手でね」
ため息をつきながら、雅の問いに答えた。
「……そうですか」
それ以上、雅は何も聞かなかった。お互いに何かを感じたのか、そのことには深く触れないまま、雅は部屋を出て行った。
「――壊す、か」
資料が散乱する部屋に行き、上条はため息混じりに言う。何を思い出しているのか。机に置いてある物を手に取ると、それを名残惜しそうに、両手でそっと包み込む。
「――話す日が、来たのですね」
それが嬉しいような、悲しいような。
上条の瞳は、暗い色を宿していた。