久遠の花~blood rose~【完】
「――美咲さん」
振り向くと、叶夜君が真剣な表情を浮かべて隣にいた。
「これから、向こうの世界に行く。――だが、もしかしたら危ない事が起きるかもしれない」
途端、心臓がドキッ! と跳ね上がった。雰囲気から察して、これから行うことは本当に危ないことなんだと感じられた。
「もちろんそんなことにならないよう注意するが、美咲さん自身も、気を引き締めてほしい」
「…………」
「キョーヤ、あまり怖がらせては可哀想ですよ」
そう言うと、先生は私の頭に、そっと手の平を乗せる。
「確かに、危険な可能性がゼロとは言えません。ですが、私たちは必ず、アナタを護りますから――信じて、着いて来てもらえませんか?」
病院で聞くのと同じ、とても優しい口調。
叶夜君が言ってくれたように、先生も、私を護ってくれると言ってくれた。怖いけど……私も自分のこと、もっと知りたいし。
「お、お願い、します」
だから二人に、頭を下げ頼んだ。
「そんなことまでしなくても。むしろ、こちらが頭を下げなければいけない立場だというのに。――では、日向さん」
いいですか? と、問いかける先生に、私は顔を上げ頷いて答えた。
「私が先に行きますので、二人は後に続いて下さい」
そう言って、先生は部屋の奥に置かれた姿見鏡に片手で触れた。すると――鏡が徐々に、淡い光を放ち始める。どんな仕組みなのかと思っていれば、先生はあっと言う間に、鏡の中に入ってしまった。
「ここから、向こうに行けるんですね」
私はまた、叶夜君の家から行くものと思ってたけど。
「リヒトさんなら、条件が揃えばどこからでも行けるらしい。――そろそろ行くか」
そう言い、手を握る叶夜君。ちょっと驚いたけど、そうされた方が、なんだかほっとできるような気がした。
そして叶夜君は、ゆっくり、鏡の中へと私を導いて行った。
湖の時とは違って、なんだか浮遊感を感じる。次第に眩しくなり、目を閉じながら進んでいると、
「――着いたぞ」
その声に、私は目を開けた。
空は赤く、青い月が浮かんでいて―――間違いなく、私は別の世界に来たんだと実感した。
「ここからしばらく走ります。男性が苦手な日向さんには大変申し訳ないのですが……しばらく、キョーヤに抱えられて下さい」
「申し訳ないだなんて。叶夜君だったら、大丈夫ですから」
ここに来るまでにも抱えられたし、近くにいるから、だいぶ慣れてきたんだよね。
「それならよかった。ではキョーヤ、頼みますよ」
それに頷くと、叶夜君は慣れた手付きで私を抱えた。
先生を先頭に、私たちは森の中を駆けて行く。
月が出てるのに、森の中は光が射さず、とても暗い空間が広がっている。
それがちょっと怖いと思っていれば、それを察したのか、時々、叶夜君が話しかけてくれる。更にしっかりと抱えられる腕に、徐々にそんな思いも薄らいでいった。
次第に、周りが明るくなりはじめる。どうやら、森を抜け出たらしい。しばらく進んでいると、先生は速度を落とし、普通に歩き始めた。
「――ここに、何かあるんですか?」
周りを見る余裕ができた私は、辺りを見渡した。そこは、朽ち果てた家が立ち並ぶ場所。雰囲気からして、村か町だったんじゃないかと思う。
私を下ろすと、叶夜君は目の前に私に手を差し伸べた。
「ここはあまり、足場がよくない」
どうやら、転ばないようにと気を使ってくれたらしい。こういう気遣いができるのって、すごいなぁって思う。
「ありがとうございます」
「今更だが、嫌なら断って構わないからな?」
「嫌だなんて。こうやって気遣ってもらえて、すごく嬉しいくらいで――?」
数歩進んだ途端。また、不思議な感覚が体を走った。マンションに着いた時よりも、はっきりその感覚がわかる。