久遠の花~blood rose~【完】
『ココニ、オルカハイラナイ』
オルカ……?
それって、前に話しに聞いたような。
『ココハ、フィオーレノバショ』
「(ふぃ、おーれ? それって一体……)」
『メイカハ、フィオーレ。サイショノナマエハ、カミガキ』
「(よくわからないけど……命華について、話してくれるの?)」
途端、目の前に温かな色が広がる。
何が起こるのかと見ていれば、声の主は、楽しげに笑い始めた。
『ヨウヤクキタ。アナタハ、アカノメイカ。――サイショノ、カミガキ』
「(赤の……命華?)」
『ソウ。アカノメイカ。サイショノ、カミガキ』
正直、意味がわからなかった。
命華だってことはわかるけど、“赤の命華”や、“最初のカミガキ”って言われても。
『――オルカニキケバ、ワカル』
言い終わると同時。左手が、嘘のように石碑から離れた。
仰向けに倒れる体。起き上がろうにも体力が無くて、すぐに、動かすことはできなかった。
「……っ!?」
左手に、また痛みが走る。でもそれは手の平ではなく、指輪を付けた部分だけが、痛みを感じた。ゆっくり左手を見れば――指輪の石に、色が付いている気がした。
色なんて、付いてなかったよね?
どうしてだろうと不思議に指輪を眺めていれば、
『――シナナイデネ』
そんな言葉が聞こえた。
途端、体が軽くなっていくのを感じた。起き上がってみれば、少しずつだけど、なんとか体も動いてくれそうで。ゆっくり、来た道を戻って行った。
しばらく歩くと、徐々に、二人の姿が見えてくる。
よ、よかったぁ。叶夜君、無事だったんだ。座ってはいるものの、どうやらたいしたケガはなさそうに見える。
「――どうでした?」
心配そうに訊ねる先生に、私は声のことを話した。すると私の左手を取り、すみません……と、深く謝った。
「ここまで酷くなるとは、予想外でした。――痛い思いをさせて、本当にすみません」
「リヒトさん、傷、綺麗に治せますか?」
「もちろん。ですが、ひと先ずはこれで」
ハンカチを取り出すと、先生はそれを手に巻いてくれた。
「指輪のことですが……」
巻き終わると、先生は真剣な面持ちで話を切り出す。
「命華には、色によってその力が異なります。白は医者、黄色は花作りです」
言われて、私は指輪を見た。でも、自分はどちらの色でもない。
「赤色は、何になるんですか?」
その言葉に、先生は言葉を詰まらせた。どこか困ったような表情を浮かべると、軽くため息をついた。
「その色の命華はありません。――赤は、命華に無い色です」
ありませんって……だったら私は。
「命華じゃ、ないんですか?」
心配そうに質問をすれば、
「いいえ。アナタは間違いなく命華ですよ」
と、そんな言葉がかけられた。
だけど、赤が命華に無いなら、私の存在って……。
不安そうな表情を浮かべる私に、先生はやわらかな笑みを見せる。
「確かに、その色の命華はありえません。しかし――最初の命華であるフィオーレ、“カミガキ”なら」
「カミガキ? 声もそんなことを言ってましたけど、それは一体」
「――まだ、核心は持てません。続きは、後日改めましょう」
そう言って、先生は元の世界へ帰ろうと言った。渋々ながらも頷き、帰ろうと歩き始めた途端、腕をつかまれた。
何があるのかと思えば、足を止めたと同時。叶夜君がさっと私を抱えていた。
「疲れただろう? このまま連れて行く」
「で、でも。叶夜君だって……」
「問題無い。君は大人しく、抱えられてればいいんだ」
いつになく真剣な叶夜君。大丈夫だからと言っても、なかなか引いてもらえなくて……。根負けした私は、大人しく家まで運んでもらうことにした。
「今日の叶夜君は、なんだか頑固です」
「そんなつもりは無い。――ただ、心配なんだ」
今、なんて言ったのかなぁ……。
一気に疲れが出たのか、強い眠気が襲う。目を開けているのも辛くなり、叶夜君に抱えられたまま、私は眠りへと落ちていった。
―――――――…
――――――…
―――…
――夢を、見ていた。
空は淡い桜色をしていて、とても、綺麗な場所。
そこで私は、森を目指し歩いていた。
理由なんて知らない。多分、目的らしい目的なんてない無いまま歩いているんだと思う。
「――、――!!」
「ッ――、-?!!」
雑音が耳に入ってくる。進んでいくにつれ、それが次第に、人の悲鳴だということに気が付いた。聞きたくない……このまま行ったら、嫌なものを見てしまうってわかってるのに。導かれるように、私の足はまっすぐ、声の方を目指し歩いて行った。