久遠の花~blood rose~【完】

 *****



 「――まだ帰らないわけ?」



 屋上に二人だけになるやいなや、雅はあかるさまに、面倒臭いという雰囲気を放つ。

 「お前の話が本当かどうかもわらない。それに――感染したお前のそばに、彼女を置いておけるか」

 そしてそれは、叶夜も同じだった。王華と雑華というだけじゃない。個人的に、雅のやり方が気にくわなかった。

 「オレの話がウソかホントかなんて、別にどーでもいいだろう? あの匂いに耐えれないようなら、現時点でダメなんだよ。――折角だ。一つ、イイこと教えてやるよ。美咲ちゃんのあの香りは、しばらく続くどころか強まる。となれば、アンタが苦しむ確率は上がるだろう?」

 「……なぜ、そんなことを知ってる」

 睨む叶夜に、雅はふっと口元を緩め、

 「ダ~メ。これ以上は教えてやんない」

 不敵な笑みを浮かべた。
 苛立つ叶夜。言い返してやろうとした時、懐に入れたスマホが震え、叶夜の行動を制した。

 「それ、リヒトさんからだろう?」

 画面を見れば、そこには【上条理人】の文字が確かに出ていた。

 「さっき、連絡しといたから。ほら、早く出ろよ」

 小さく舌打ちすると、叶夜は一度深呼吸をしてから携帯を開いた。

 「――どうかしましたか?」

 『ミヤビから話しを聞きました。アナタは今すぐ私の元へ来て下さい』

 「っ!? あなたまでそんなことを……」

 『よく聞きなさい。アナタは先日、石碑に近づいているのですよ? それにより体に何らかの変化が起きてもおかしくない。むしろ、起きない方がおかしいぐらいです。ミヤビはしばらく発症する恐れはありません。ですからすぐに、アナタはこちらに来て下さい』

 「…………わかりました」

 上条にこうも言われては、叶夜もさすがに、これ以上粘ることは出来なかった。
 スマホを閉じると、叶夜は雅を睨みつける。

 「オレを睨んでもしょうがないだろう?――じゃ、オレは美咲ちゃんのとこ行くから」

 ははっと笑いながら、雅はドアの向こうへ歩いて行った。
 一人残された叶夜。握りしめた両手からは、微かに、血が滲み出ていた。

 *****

 ざわざわ、ざわざわ。
 殺人事件があったにも関わらず、街を歩く人の数は変わらない。
 ざわざわ、ざわざわ。
 身近に起こった恐ろしいことなのに、むしろ現場を見ようと、人通りが多い場所さえある。

 「――――見当たらない、か」

 木にもたれながら、行き交う人を観察する男性。つばの付いた帽子を深く被り、本日何度目かのため息をはいく。
 別に、男性は警察関係の人間じゃない。だが目的は警察と同じ――犯人の捜索だ。

 「ニャ~」

 足下に、一匹の黒猫が擦り寄る。しばらくじゃれていたと思えば、黒猫は、男性の影に溶けてしまった。

 「――――なるほど」

 情報を掴んだのか、男性はその場を立ち去る。何処に向かうのかと思えば、人通りが少ない裏路地。事件があった場所ではないが、差ほど遠くない距離で周りを見渡す。何か探しているのか。塀を軽々と越え、壁と壁の隙間を探りながら進んで行く。
 徐々に暗くなる裏路地。しばらく散策を続けていれば、街灯の無い暗がりに、光が射す場所に出た。



 〝――――どうか、幸せに〟



 立ち止まり、男性は空を見上げる。月を見るたび願う。自分の為ではなく、たった一人の為に捧げる祈り。こうして街をうろつくのも、全てはその者の為だ。

 「――ご苦労様。収穫あったみたいね」

 背後から、少女が声をかける。存在に気付いていたのか、男性はそうだ、と短い返事を返すだけで、空を見続けた。

 「死体の方は、全て処理を?」

 「いや、さすがにそれはね。マズイものだけ処理しておいたわ。ま、他になにかあれば、あっちがなんとかするでしょ」

 余計なことはしないわ、と言う少女に、男性は納得した。
 元々、今行っていることは管轄外の仕事。本来の目的とは違い、それのついで、と言ったようなものなのだ。

 「気配 は貴女の考えたとおり、〝境界の外の者〟だった。違う気配も感じたが、これはこちらに陣を構える者だろう」

 「それだけわかればいいわ。――で? 契約は続行?」

 不意に、そんなことを訊ねる少女。なぜそんなことを聞くのかと、少女に視線を向けながら男性は首を傾げた。

 「だって、もうホントの主は見つけてるんでしょ? 使い魔が居なくなるのはイヤだけど、それが契約だからね」

 「――――いや。それは出来ない」

 「なんでよ? 見つかったなら再契約しなさいよ! それがあなたの目的だったでしょ!?」

 何を熱くなっているのか、と男性は呆れにも似たため息をもらす。自分のことのように怒る現主に、お人好しだと、男性は言う。

 「貴女が気にすることではないだろう? オレがこのままなら、貴女はむしろ喜ぶべきだと思うが」

 「それはそうだけど……」

 「それに――無理はさせたくないのでね」

 微笑む男性。とりあえず今は、彼女が見つかっただけでもいいのだと言う男性に、少女はため息意をもらす。

 「まぁ、アナタの目的が果たせているならいいわよ。――私とも仲良しなんだから、傷つけたらお仕置きだからね?」

 さっと屋根の上に飛び上がるなり、早く行くわよと男性を急かし、二人は夜の街を駆けて行った。
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