久遠の花~blood rose~【完】



 「――ようやく成功したか」



 白衣を着た男性は、自分の目の前に運ばれた赤ん坊を見て、怪しく微笑む。それは父親というよりも、私には何か、違うものの見方をしているようにしか見えなかった。

 「すぐに薬を試せ。副作用が出るなら、そのまま処分して構わない」

 な、何考えてるの!?
 無駄だってわかってる。でも、文句を言わずにはいられなくて、私は男性に、届かぬ声で叫んでいた。
 処分だなんて、そんなことが許されていいわけない!!
 別室へ連れて行かれる赤ん坊。急いで後を追ってみたけど、目の前が歪み始めていく。せめて赤ん坊を見つけるまでは! と走っていたものの――結局、見つけられないまま。私の視界は、また閉ざされてしまった。
 ――気が付くと、そこはさっきまでいた建物の一階。
 周りを見渡せば、多少老朽が進んでいるものの、さっきの場所と同じということが見てわかる。
 私は再び、地下へと走った。あの赤ん坊がどうなったのか、どうしても気になってしかたがなかった。



 「――次は、別の薬を使う」



 さっきと同じ声が、奥の部屋から聞こえた。
 そっと中をうかがうと――そこには、十歳ぐらいの少年が寝かされていた。周りには数人の男性たちが、何やら作業をしている。近付いて見ると、一人は少年から血を抜き、また一人は、何か薬のような物を注射していた。
 少年の体を固定すると、中にいた人たちは部屋を出て行く。その隙に、私は少年の顔を覗き込んだ。その顔は、とても無表情で。まるで死んでいるかのように、覇気が感じられなかった。
 虚ろな瞳には、なにが映っているのか……。どこか遠くを見たまま、少年は、真上ばかりを見ていた。
 あれ。この子って――?
 見覚えがある、と、そんな気がした。
 どこで見たんだっけ? 確か――。
 しばらく考え込んでいると、以前見た夢のことを思い出した。歳の頃も、顔も似ているような気がする。だとしたら――これからこの子は、また、人を殺し続けるの?
 よく見れば、体には痛々しい傷が幾つもある。きっと、今まで色んなことをされたんだろう。少年の体には、生々しい傷が幾つも目に留まった。
 なんで、こんな光景ばっかり……。
 私にこれを見せている何かがあるなら、それを恨まずにはいられなかった。勝手に見えてしまうとも言われたけど、どうして自分にそんなことができるのか、理由もわからないまま見るにはとても悲し過ぎる。せめて理由だけでも知りたいと、そう願わずにはいられなかった。
 ――――痛かった、よね。
 そっと、少年の手に触れる。少年に私が見えてるかわからないけど、少しでも、こうしてあげたかった。



 「――あの薬にも耐えたか」



 さっきの男性たちが、嬉しそうな表情を浮かべ部屋に戻って来た。

 「これならもう、次の段階に進めるな。――人格形成に取り掛かるぞ」

 男性がそう言うと、周りにいた者たちは、少年を寝かせているベッドごと、別の場所へ移動させようとする。それにもついて行こうとしたけど……再び、目の前が歪み始めてしまった。時間切れだとわかった私は、行けるとこまで行こうと、少年のそばに寄り添う。
 ――すると、私が見えるのだろうか。少年と一瞬、目が合った気がした。それが嬉しくて、思わず安堵の表情を浮かべれば、少年は少しだけ、笑い返してくれたように思えた。

 *****



「――――戦いは、やはり好みませんね」



 目の前の敵を排除すると、上条は重いため息をついた。

「さて――日向さん」

 振り向き、後ろにいる美咲に呼びかける。だが反応はなく、ただじっと、上条を見つめるばかりだった。

「――今は、眠って下さい」

 悲しみを含んだ声。
 今起きていることは、上条にとっては喜ばしいことだと言うのに。それを、素直に喜ぶことは出来なかった。

「アナタはまだ、時期を迎えていません。ですから」

 そっと、片手で美咲の両目を覆う。そして――。



「今夜のことは――忘れなさい」



 やわらかい、軽やかな声。その声と同時に、上条は美咲の目蓋を閉じさせた。
 すると、美咲の体は前へと倒れる。それを受け止める上条は、なんとも複雑な表情をしていた。

「薄々考えてはいましたが……こうして目の前に現れるなど」

 驚きましたね、とため息をもらす。

「本当に、アナタには驚かされます」

 優しく、美咲の頭を撫でる。眠る姿を眺めていれば、

「一体、何があったんですか!?」

 頭上から、声が聞こえた。見上げれば、叶夜と雅の姿が近付いて来ていた。

「ここらにまだ変な雰囲気があるし――って、リヒトさん!目、戻して戻して!!」

 まだ戦闘体勢の上条に、雅は言う。
 今の上条の力は強く、目を見ただけでも気力を持って行かれそうになるほどだった。

「これは失礼。――まだ、気が抜けなかったもので」

 いつもの濃い茶色の瞳へ戻すと、上条は再び二人に視線を向ける。

「念の為、この辺りを警戒していて下さい。人に害を与えるようなら、それなりの処置を」

 頷く二人。すぐさまこの場を離れたのを確認すると、上条は美咲を運ぼうと立ち上がる。だが上条が向かったのは病室ではなく――自分の自宅。このまま病室に一人残すのは危険過ぎる。かと言って、薬を絶ってる今、二人に任せるのも危険。だから上条は、結界を施してある自宅で、美咲を休ませることに決めた。
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