久遠の花~blood rose~【完】

 *****

 美咲がいる世界とは別の世。ディオスから言われた通りの洋館まで来ると、叶夜はその足を止めた。
 命令されたからというのもあるが、叶夜には、逃げ出したという報告に納得がいっていなかった。それは、逃げ出した雑華というのが、叶夜のよく知る人物だったからだ。
 彼女なら逃げるはずがない。目的があると知っている叶夜だからこそ、疑問を抱いていた。



 「――ここで、生活してたのか?」



 話では、隔離はしているものの普通の部屋だと聞かされていた。けれどそこは、部屋というには不似合いな場所。頑丈に作られた分厚い鉄の扉に、窓があるものの、外なんて見ることの出来ない大きさで、壁は、冷たい石で造られていた。



 「――――外からか」



 扉は破られておらず、外から誰かが開けたとしか思えない。
 部屋を見渡せば、そこにはまだ新しい血肉が散乱している。この肉片になった者が開け、その後殺されたか。それとも――これを従えた〝地位が上の誰か〟なのか。

 「っ! こんなんじゃ……まともな治療なんて」

 嫌な臭いが充満し、血以外の薬品の臭いが鼻を突く。
 女性がいた部屋には何も置いてなく、あるのは質素な寝床と、治療用と思われる壊れた器具。それを見て、叶夜は辛そうに顔を歪めた。実験台にされたんだと、容易に想像出来たからだ。
 叶夜自身、幼い頃から薬を飲んでいることもあり、実験台になることも珍しくなかった。だから部屋の物を見て、ここでどれだけのことが行われていたのか、多少なりとも想像が出来た。

 「?――――これは」

 一つの資料に目が留める。そこに書かれた【魂の修復】という部分に、興味をそそられた。半分以上は読めなくなっているものの、断片的にはなんとか読め、解読出来ないこともない。
 そこには、死んだ者の魂を戻す為の実験内容が記されている。雑華の治療の為のものかと思って目を通していたが――どうやら、全く違うものらしい。
 いくつか残っている資料を集めると、叶夜はそれを懐に入れた。
 地下から上がり外へと出ると、外の空気を吸い、今まで嫌な臭いを吸った分、新鮮な空気を体に取り入れていた。



 「――何、してるんだろうな」



 誰に言う訳でもなく、小さく呟いた。
 詳しく調べろと言われてないのに、自分は命令以外の行動を取っている。自分でもわからない行動に、叶夜は迷っていた。
 それにこのまま……美咲に関わり続けていいのかとも。
 時間の無い自分には、ずっと護ることが出来ないとわかっている。

 「いつまで……保てるだろうな」

 この命は、期限付きの仮初(かりそ)め。自分でこの使い道を決められるのなら……せめて。決意にも似た感情を、叶夜は抱いた。

 「――約束は、守らないとな」

 自分でした約束を思い出し、叶夜は軽い笑みを浮かべながら、洋館をあとにした。

 ◇◆◇◆◇

 徐々に体が慣れてきたのか、痛みの感覚が、緩やかになってきた気がする。

 「――――は、ぁ」

 まだしっかり言葉を口にできないものの、痛みが無いことを思えば、これぐらいどうってことない。
 ゆっくり体を起こすと、水を飲もうと台所に向かう。でも、一度ソファーで休んでからでないと辿り着けないほど、体力は戻っていなかった。
 コップ一杯の水を飲むと、再び、ソファーで休む。ちょっとのつもりだったのに、思ったより動くことができない。
 ……ダメ、だ。もうここで。
 寝てしまおう、とそんな考えに至る。
 一度そう思ってしまえば、体は素早くその態勢になり――意識は、そこで途切れてしまった。

 ――――――――――…
 ――――――…
 ―――…



 「――? ――ぃ」



 声が、聞こえる。
 目を開けて見ても、眩しくてよく見えない。

 「息はある、か」

 首に、何かが触れている。
 目の前にいるのは誰なんだろうと思っていれば、

 「どうして――俺の前に現れる」

 冷たい眼差しが、私を見下ろしていた。
 この子、どこかで――。
 目の前にいたのは、見覚えのある少年。はっきりとその顔立ちが見え出した時、夢で見た少年だということに気が付いた。
 顔を左右に動かせば、緑の草が目に入る。どうやら私は、芝生の上に仰向けになっているらしい。
 ――また、来たんだ。
 できれば前のようなものは見たくないけど……今度はどうなんだろう。
 おそるおそる体を起こせば、そこには嫌なものはなくて。

 「お前、話せないのか?」

 そばに少年がいる以外、本当になにもなかった。よく見れば、今日は物騒な物は持っていない。とりあえず、切り付けられることは無さそう。
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