久遠の花~blood rose~【完】

 「話せるなら話せる。話せないなら首を縦に振れ」

 「――――は、話せるよ」

 「なら答えろ。――何故、俺の前に現れる」

 隣に片膝を付き、少年は質問を続ける。

 「初めて会った時、確かにお前を切った。なのに突然姿を消し、次に会った時には傷も無いだなんて……」

 どういうことだ、と眉間にしわを寄せた。
 聞かれても、私自身理由なんてわからない。だから正直に、自分でもわからないと伝えた。

 「ごめんね、自分のことなのに」

 「……同じじゃないのか」

 小さく、何か呟く少年。不思議そうな表情を浮かべれば、少年は気にしなくていいと言う。

 「わからないならいい。――自分で自分のことを理解出来るのは、ごくわずかだ」

 一瞬、少年の瞳に影が宿った気がした。心配になり手を伸ばすと、少年はハッとした表情をし、その手を弾いた。

 「用が無いなら、もう現れるな。――でないと」

 再び、冷たい瞳が向けられる。――そして。



 「次は――ここを切る」



 そっと、首に触れられた。
 この子……本気、なんだ。殺すことを躊躇しない。まだそんなことを続けているのかと思ったら、少年を見るのが辛くなってくる。

 「――なんとも、思わないの?」

 「前にも答えた。命令に従う、それだけでいい」

 予想はしてたけど……やっぱり、今も変わらないんだ。
 でも、あんなことを続けてたら、いつか殺されちゃう。
 本人の意思で殺しているなら、かばおうとか、心配する気なんて起きないけど。この子自身も、本当はあんなことしたくないんじゃないかって。
 さっきも思ったけど、私の首に触れた時、一瞬目をつぶっていた。思い返せば、相手に切りつける時にも、そんなことをしていた気がする。
 そういうことをするってことは、傷付くのを見たくないとか――少なくとも、多少は殺したくないって気持ちがそうさせるんじゃないかと思う。
 私に背を向け、歩き始める少年。途端、考えるよりも先に、私は少年に駆け寄り、背後から抱きしめていた。



 「もう……殺さないで」



 これ以上、人殺しなんてしないで。
 そんなことは、絶対続けちゃダメなんだから。

 「殺すたびにきっと……貴方が、壊れちゃう」

 「――――壊れる?」

 興味があるのか、少年は首をこちらに向ける。それを見て、私は少年と向き合う体勢になった。

 「そうだよ。あんなことをずっと続けたら、きっと、貴方は壊れちゃう」

 「俺は壊れない。壊れるというのが血を流すことなら問題無い。どんなに血を流しても、心臓を貫かれても――俺は〝死ねない〟よう出来ている」

 「そういうことじゃないの! 体も大事だけど……見えないここだって」

 そっと、少年の胸に触れる。
 すると少年は、心臓は問題無いと言う。

 「さっきも言ったが、心臓だろうと、体にどんな異常があっても問題無い」

 「心臓じゃ……ないよ」

 首を傾げる少年。
 私の言いたいことがわからないようで、他に何がある? と、聞いてくる。
 一旦、静かに深呼吸をする。そして私は、まっすぐ少年の瞳を見つめ、



 「……心が、壊れちゃうよ」



 涙を浮かべながら、言葉を口にした。

 「どんなに体が治っても、ここの傷は目に見えないし、なかなか治ってくれないものなんだよ?――きっと、貴方は優しい子なんだね。本当になにも感じないなら、すぐに私のことも殺しちゃってるはずだよ」

 「……違う。今は、命令を受けていないだけだ」

 微かに、少年の目が泳ぐ。動揺しているのか、私から目をそらしてしまった。

 「それもあるかもしれないけど……さっき言ったよね。もう一度現れたら、私を殺すって。今、貴方はそれをしてないでしょ? やっぱり優しい子だと思うな」

 「っ、がう……。俺はそんなことっ!」

 「っ?!」

 強く胸を押され、私は豪快に尻もちをついてしまう。
 突然のことに驚いたけど、心配で少年を見れば、苦しそうに胸を押さえている姿が目に入った。
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